決意と願望
早朝6時――鉱物型アッシュ『キャシテライト』討伐作戦の本格指導。
軍の主力部隊総勢千人長もの大隊が、対策室本部内の敷地に集結していた。
指揮者の作戦号令を前に、誰もが歴戦顔で直立を崩さない。
嫌でも強張っていく空気に、アリスはつい欠伸を掻いた。
「眠い……。どうせなら私たちの本格的な番まで、寝かせてくれれば、いいのに……」
アリスの苦言を聞き流し、周囲を見渡すレイラが小言で疑問を呟く。
「これだけの人数も、うちアッシュを相手取る人間ってのは、どれくらいのものかな」
横にいた佐奈は白けた顔を作った。
「大概の人間は植物型の近縁種狙い。ぶっちゃけあっちの方が捜索のしがいもあるだろうしね。私は単純なこっちの方が向いてる」
「でも……相手はビーム撃ってくるんすよ? 俺は捜索の方が好みかな〜……」
「なんなら鞍替えしてもいいのよ誠司? どうせアンタじゃ、役に立ちそうにないしね」
「ここんとこの作戦、とことん良いことないもんね〜?」
「ひ、酷いっす……! そこんとこ気にしてたのに……⁉」
思い返せば、戦場で一番槍として突撃していた彼も、いの一番にアッシュに飛ばされ、投げられ、良いとこ無し。
更に深く掘り起こせば、アッシュ相手にも見向きもされていないのでは? と言う悲しい見解もある。
誠司ががっくりと項垂れている間に演説が終わり、全隊員が散りじりに。
佐奈は「それで」とエミへ向けて。
「私たちの部隊長さんは? リーダーが居ないと立つ背が無いんだけど」
黙り込むエミ。
彼女の代わりに、アリスは言う。
「朝、呼びに行った時にはすでに居なくなってて……。メールでも、『作戦前には戻る』ってだけで、今は電源を切ってる。あと、なぜかスーツも一緒に所持して」
「一体なんのためにスーツまで〜?」
「もしかして暁さん、逃げたんじゃ――」
「私たちが逃げ出せない立場だってのは、アイツが深く知ってるわよ。それに大事な妹をほっぽり出すってタマでも無いでしょうに」
「それじゃあ、一体なんの為?」
「…………ねえ、エミ。貴方は伝えたの? アイツに、人型アッシュのこと」
佐奈の指摘に、吃るエミ。
彼女は自分の握り拳をもう片方の掌で覆って、首を振る。
「結局、あの日から一言も口は聞いてない……。彼は、やっぱり人間であったことに強い衝撃を受けたんだと思う……。きっとそれは、もう一度あのアッシュに対面しないと拭えない」
「じゃあスーツ持って行ったのは、自分一人で人型アッシュを⁉」
「“倒す”ためじゃないはず。きっと、自分にケジメを付けるため――信じて待とう。彼はきっとこのまま終わるつもりは無い。みんなもそうでしょう⁉︎」
力強く、そう質疑するエミに誰もが同調した。
「…………このまま、世間に取り残されたまま死ねるわけないでしょう? 私が」
黒髪の短髪をぶっきらぼうに掻いて、佐奈はそれだけ。
「積もったゲームが待ってる。それに、私が居なくちゃ、下に居る弟、妹たちが飢え死ぬし……」
「私だって! 買いたいお洋服とか、友達との予定があるし~!」
皆、一様に明確な願望があった。
生きるための、自分たちが生まれて来たささやかな楽しみを。
「今度こそ成果を……いや、しかしな……」
だが誠司だけは、話など上の空。汚名払拭に踏ん切りの付かない弱腰で彷徨い歩いていた。
「とりあえず、一人は殉職確定ね」
佐奈は冷ややかに首を振った。
時刻は午前8時。
援は外に出るや、アパート敷地の出入り口前で、バイクのエンジン音が近づいてくる。
低速のまま、車体をうねらせ停止する運転手。
目の前で停まる相手は、援の足元に書類の束を投げつけた。
風に捲られる書類の中に自身の顔写真が映り、途端に顔を上げた。
「お前のことを聴く前に……一つだけ教えろ」
ヘルメットを取って、運転手は彼の前に立つ。
「お前を、あんな風に姿へ変えたのは――エミのおじさんなのか?」
「あっ君……」
呆気らかんとする援。
暁は彼へ向けて、シャープな銃武装を晒し、銃口で捉えながらもう一度言う。
「いいから答えろ! お前は誰からあんな力を貰った‼」
「…………悪いけど、教えるつもりはないよ。でも、これだけは言える。君のおじさん――エミちゃんのお父さんは、僕を止めに来ただけだ。『戦わないでほしい』と、説得された」
「だがどっちにしろ、気づいてたことには変わりねえんだろ?」
向けられた銃口が近づき、援の胸板に押し当てられる。
暁はドスの利く声で迫った。
「良いから答えろ。お前を怪物に仕立てた野郎は何処に居る……⁉」
「昔からの付き合いだろ、あっ君。僕が強情だってのは」
「そんな口、痛みですぐボロが出るさ! 俺はお前に二択しか与えねえ‼ 対策本部で生易しい尋問に応じるか、俺に今手足を折られる覚悟で答えるか!」
押し当てられる銃口が、更に圧迫してくる。
それに反し、彼のトリガーに掛かる指は微かに震えていた。
「あっ君。僕は僕の意思で力を得た。誰かから無理やり摑まされた訳じゃない。例えあっ君だとしても――僕は決して口を破るつもりは無いよ」
「……っ⁉ お前は‼」
気づけば手を出し、援を地面へと突き倒す。
震えていた拳が援の頬へと伝達し、行き場のない怒りで「ああああ‼」と奇声を上げる。
「どうしてだ⁉ お前は弱い! 今だって俺にぶん殴られるぐらいに‼ それなのに、なんであんな怪物どもと戦う⁉ 命が惜しくねえのかよ‼」
「僕は、それよりも惜しいと思ってしまった君たちが居たんだ‼ 見て見ぬ振りなんてできない! あっ君だって、なんで僕に話してくれなかったんだ⁉」
「“話す”? お前に話してなんになるって言うんだ? お前がエミを救える立場かよ! 自分一人でだって、不良紛いの連中に手を焼いてたって言うのに!」
殴られた頬を手の甲で拭い、援は毅然として立ち上がる。
「でも今は違う! 君は、どうしてそこまで拒絶するの⁉」
「お前は……お前には、家族が残ってる!」
ギリッ! 割れそうなぐらいに強く、奥歯を噛みしめる暁。
「俺には、何一つ残らなかった……! 今の家族に手を差し伸べられなかったら、俺には――この世界と向き合う覚悟さえ無かった……! だからエミが戦闘員に選ばれた時、必死でこの世を呪ったさ‼ 現実は生易しくなかった‼ だから俺はせめて、しがみ付くことにした!」
心臓に当たる胸部を鷲掴み、鬼気迫る彼の表情は今にも自身の皮膚を突き破る凄みがあった。
「自分が黒蝕病だの患い者だの、そんなのどうでも良かったんだよ! エミには家族が居る! お前にだって‼ なのに一番戦っちゃいけない連中が、俺よりも前を走っている‼」
「あっ君……」
勢いはそのまま、暁は援の胸ぐらを掴み引き寄せる。
今にも崩れ出しそうに、顔をうつむかせて。
「なあ、頼むよ……! お前は戦うべきじゃない。今すぐにその力は、捨ててくれ……。俺には、お前まで手を伸ばせるほど、余裕が無いんだ……!」
やがてすがるように震える彼の身体は、怯えていた。
自分だけが取り残される――恐怖が間近に、彼の真意が明らかになった瞬間。
「母さんは……居ないんだ」
実際に受けたわけでもないのに、平手打ちで面食らう顔を暁は作った。
「母さんは、あの狼のアッシュに殺されたんだ……」




