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孤高なるギエン  作者: ホオジロ ケン
キャシテライト編
34/49

決意と願望

 早朝6時――鉱物型アッシュ『キャシテライト』討伐作戦の本格指導。


 軍の主力部隊総勢千人長もの大隊が、対策室本部内の敷地に集結していた。

 指揮者トップの作戦号令を前に、誰もが歴戦顔で直立を崩さない。

 嫌でも強張っていく空気に、アリスはつい欠伸を掻いた。


「眠い……。どうせなら私たちの本格的な番まで、寝かせてくれれば、いいのに……」


 アリスの苦言を聞き流し、周囲を見渡すレイラが小言で疑問を呟く。


「これだけの人数も、うちアッシュを相手取る人間ってのは、どれくらいのものかな」


 横にいた佐奈さなは白けた顔を作った。


「大概の人間は植物型の近縁種狙い。ぶっちゃけあっちの方が捜索のしがいもあるだろうしね。私は単純なこっちの方が向いてる」


「でも……相手はビーム撃ってくるんすよ? 俺は捜索の方が好みかな〜……」


「なんなら鞍替えしてもいいのよ誠司せいじ? どうせアンタじゃ、役に立ちそうにないしね」


「ここんとこの作戦、とことん良いことないもんね〜?」


「ひ、酷いっす……! そこんとこ気にしてたのに……⁉」


 思い返せば、戦場で一番槍として突撃していた彼も、いの一番にアッシュに飛ばされ、投げられ、良いとこ無し。

 更に深く掘り起こせば、アッシュ相手にも見向きもされていないのでは? と言う悲しい見解もある。


 誠司ががっくりと項垂れている間に演説が終わり、全隊員が散りじりに。

 佐奈は「それで」とエミへ向けて。


「私たちの部隊長さんは? リーダーが居ないと立つ背が無いんだけど」


 黙り込むエミ。

 彼女の代わりに、アリスは言う。


「朝、呼びに行った時にはすでに居なくなってて……。メールでも、『作戦前には戻る』ってだけで、今は電源を切ってる。あと、なぜかスーツも一緒に所持して」


「一体なんのためにスーツまで〜?」


「もしかしてあかつきさん、逃げたんじゃ――」


「私たちが逃げ出せない立場だってのは、アイツが深く知ってるわよ。それに大事な妹をほっぽり出すってタマでも無いでしょうに」


「それじゃあ、一体なんの為?」


「…………ねえ、エミ。貴方は伝えたの? アイツに、人型アッシュのこと」


 佐奈の指摘に、吃るエミ。

 彼女は自分の握り拳をもう片方の掌で覆って、首を振る。


「結局、あの日から一言も口は聞いてない……。彼は、やっぱり人間であったことに強い衝撃を受けたんだと思う……。きっとそれは、もう一度あのアッシュに対面しないと拭えない」


「じゃあスーツ持って行ったのは、自分一人で人型アッシュを⁉」


「“倒す”ためじゃないはず。きっと、自分にケジメを付けるため――信じて待とう。彼はきっとこのまま終わるつもりは無い。みんなもそうでしょう⁉︎」


 力強く、そう質疑するエミに誰もが同調した。


「…………このまま、世間に取り残されたまま死ねるわけないでしょう? 私が」


 黒髪の短髪をぶっきらぼうに掻いて、佐奈はそれだけ。


「積もったゲームが待ってる。それに、私が居なくちゃ、下に居る弟、妹たちが飢え死ぬし……」


「私だって! 買いたいお洋服とか、友達との予定があるし~!」


 皆、一様に明確な願望があった。

 生きるための、自分たちが生まれて来たささやかな楽しみを。


「今度こそ成果を……いや、しかしな……」


 だが誠司だけは、話など上の空。汚名払拭に踏ん切りの付かない弱腰で彷徨い歩いていた。


「とりあえず、一人は殉職確定ね」


 佐奈は冷ややかに首を振った。



 

 時刻は午前8時。


 たすくは外に出るや、アパート敷地の出入り口前で、バイクのエンジン音が近づいてくる。


 低速のまま、車体をうねらせ停止する運転手。

 目の前で停まる相手は、援の足元に書類の束を投げつけた。

 風に捲られる書類の中に自身の顔写真が映り、途端に顔を上げた。


「お前のことを聴く前に……一つだけ教えろ」


 ヘルメットを取って、運転手は彼の前に立つ。


「お前を、あんな風に姿へ変えたのは――エミのおじさんなのか?」


「あっ君……」


 呆気らかんとする援。

 暁は彼へ向けて、シャープな銃武装を晒し、銃口で捉えながらもう一度言う。


「いいから答えろ! お前は誰からあんな力を貰った‼」


「…………悪いけど、教えるつもりはないよ。でも、これだけは言える。君のおじさん――エミちゃんのお父さんは、僕を止めに来ただけだ。『戦わないでほしい』と、説得された」


「だがどっちにしろ、気づいてたことには変わりねえんだろ?」


 向けられた銃口が近づき、援の胸板に押し当てられる。

 暁はドスの利く声で迫った。


「良いから答えろ。お前を怪物に仕立てた野郎は何処に居る……⁉」


「昔からの付き合いだろ、あっ君。僕が強情だってのは」


「そんな口、痛みですぐボロが出るさ! 俺はお前に二択しか与えねえ‼ 対策本部で生易しい尋問に応じるか、俺に今手足を折られる覚悟で答えるか!」


 押し当てられる銃口が、更に圧迫してくる。

 それに反し、彼のトリガーに掛かる指は微かに震えていた。


「あっ君。僕は僕の意思で力を得た。誰かから無理やり摑まされた訳じゃない。例えあっ君だとしても――僕は決して口を破るつもりは無いよ」


「……っ⁉ お前は‼」


 気づけば手を出し、援を地面へと突き倒す。

 震えていた拳が援の頬へと伝達し、行き場のない怒りで「ああああ‼」と奇声を上げる。


「どうしてだ⁉ お前は弱い! 今だって俺にぶん殴られるぐらいに‼ それなのに、なんであんな怪物どもと戦う⁉ 命が惜しくねえのかよ‼」


「僕は、それよりも惜しいと思ってしまった君たちが居たんだ‼ 見て見ぬ振りなんてできない! あっ君だって、なんで僕に話してくれなかったんだ⁉」


「“話す”? お前に話してなんになるって言うんだ? お前がエミを救える立場かよ! 自分一人でだって、不良紛いの連中に手を焼いてたって言うのに!」


 殴られた頬を手の甲で拭い、援は毅然として立ち上がる。


「でも今は違う! 君は、どうしてそこまで拒絶するの⁉」



「お前は……お前には、家族が残ってる!」



 ギリッ! 割れそうなぐらいに強く、奥歯を噛みしめる暁。


「俺には、何一つ残らなかった……! 今の家族に手を差し伸べられなかったら、俺には――この世界と向き合う覚悟さえ無かった……! だからエミが戦闘員に選ばれた時、必死でこの世を呪ったさ‼ 現実は生易しくなかった‼ だから俺はせめて、しがみ付くことにした!」


 心臓に当たる胸部を鷲掴み、鬼気迫る彼の表情は今にも自身の皮膚を突き破る凄みがあった。


「自分が黒蝕病だの患い者だの、そんなのどうでも良かったんだよ! エミには家族が居る! お前にだって‼ なのに一番戦っちゃいけない連中が、俺よりも前を走っている‼」


「あっ君……」


 勢いはそのまま、暁は援の胸ぐらを掴み引き寄せる。

 今にも崩れ出しそうに、顔をうつむかせて。


「なあ、頼むよ……! お前は戦うべきじゃない。今すぐにその力は、捨ててくれ……。俺には、お前まで手を伸ばせるほど、余裕が無いんだ……!」


 やがてすがるように震える彼の身体は、怯えていた。

 自分だけが取り残される――恐怖が間近に、彼の真意が明らかになった瞬間。



「母さんは……居ないんだ」



 実際に受けたわけでもないのに、平手打ちで面食らう顔を暁は作った。


「母さんは、あの狼のアッシュに殺されたんだ……」


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