三人の歯車
相槌を討ち、通話を終了させる菜沙。
窓の外は夜の闇に飲まれ、右から左へ流れる店の明かりもポツリポツリと心細い。
ここら辺は避難区域に指定されてはいないが、皆アッシュが二つ三つ隣合わせの街に居ることもあってか、すでに地元かどっかに足を運んでいるのだろう。
彼女は倦厭ぶりながらも、同席している援に口を開く。
「作戦の決行日、明日の正午に決まったようです。対策室もなんとか間に合わせたようですね」
「奴がそれだけエネルギー供給を続けてるってことは、鉱物型は燃費も悪いってことだよね?」
「かもしれませんね。動物型は黒蝕物を摂取することで。植物型は空気や日光から自力で創り出します。どちらも生物的な機能を以て体内で因子に作り替えていますけど、鉱物型にはその機能が無い。だから他のアッシュに、直にネクタルフォースを供給してもらわなくてはいけない。奴らがブラックドームから出られないのも、この説が妥当かもですね」
「つまり植物型は、奴が来るための土壌造りを?」
「偶然にしては重なってますし……アッシュも確実に、人の考えに近づいてるってことかも」
アッシュとして、ただの怪物としての認識。
その境界線があやふやと崩れたのは、やはりアッシュの元が『人』であったと理解したからだ。
そして、ことはそう単純でないと示唆してもいた。
(父さんの心が戻りつつあるなら、人を傷つけるような真似はしないはず……。アッシュが父さんの意思を取り込んでいるのか? 必用なのは思考能力で、不要な人間的道徳は切り捨てて)
それならいずれ自分も?――身震いが起きた。
実際に一歩手前まで落ち、ことさらに援は気を引き締めてはならなくなる。
「先輩、そろそろご自宅に着きますよ? 明日のことはご心配なく。対策室側は大規模に地域を封鎖すると思いますが、そこはコネやら弱みやらで『穴』を見つけといてあげますよ」
やがて車のライトが、援の住むアパートの入り口を照らす。
そこに塀に持たれて、誰かを待つ人影も。
「アレって……」
「………………」
菜沙は目を凝らしてようやく。
援はやはりと言う風に理解を灯し、逃げることもせず降車――エミの前に立った。
彼女は笑みを一つ零し、呼吸を整えて真顔を晒す。
「お話ししたいことがあります。二人だけで……良いですか?」
「…………分かった」
素直に応じた。
後方から菜沙が、「ちょ……先輩!」と乗りかかりそうになったところで、ドアを閉める。
作戦の決行日が決まった。
市街地における対鉱物型アッシュ・呼称『キャシテライト』、大規模討伐作戦。
フローラチルドレンは対策室本部内に設置された宿舎に泊まり、明日の作戦へ気構える。
ただ一人だけ――暁だけは、自身の割り当てられた部屋である物を見つめていた。
卓上に置かれた自作のノートPCには、とある人間のデータ数値。
右手で握り込まれた資料にも、数字は違えど同じ均等配分で算出されている円グラフの記載――ネクタル系数値だ。
戦場で対策室が割り出した、人型アッシュの系数値グラフが――父の机の中で隠れていた、『藤木援』の系数値とほぼ同じ色合いと領分を示す。
通常の黒蝕病患者に、三種類もの色のついたネクタル因子を内包しているなど聴いた事もなかったが、もはやそんなことなど関係無かった。
目の前のノートPCを机ごとひっくり返し、彼は頭を押さえながら壁にへたり込む。
「なぜ……お前なんだ!」
これほどまでに世界を呪ったことが有っただろうか?
家族を理不尽な災厄で失ってなお、彼には手を差し伸べてくれる人たちが居た。
自身と同じ傷を負いながらも、世間と真っ向から対峙する妹が……捻くれずに変わらずに生きている友人が居てくれた。
それなのに――この世界は、それさえも奪おうと……飲み込もうとしている。
世界を呪ったことはある。
しかし今度のそれは、彼の信念を揺るがしかねない、最悪のものであった。
暁の中で、決意と言う名の歯車が、ぎこちなく動きを止める。




