臆病な選択
町内に設置されたスピーカー。
移動用のバン車からも、緊急避難の警告が流れていた。
『こちらはブラックドーム対策センターです。現在、アッシュが第三セクターの防衛線で軍と交戦しています。住民は速やかに避難して下さい。繰り返します。この地域をアッシュ災非難地域とし――』
ほとんどの住民が退避した街は、もの悲しく。
鬱蒼さは、曇り空と振り始める雨に打たれ、更に色濃くなっていた。
追い打ちを掛けるように、それは重々しく動きを止める。
黒いボディに雨水を受け流し、電子音の鳴き声を交えて。
「おい。あそこにあんな置物が有ったか?」
「何?」
呼びかけに移動していたバン車の作業員が、視界を凝らす。
それがアッシュだと分からずに、ただじっと凝視していたのだが――異変は合わせて出現した。
黒い置物を中心に、続々とアスファルトのタイルを剥いで現れる緑のツタ。
次々に道を覆って、途端に通路は異質な茂みに覆われた。
「まずいぞ、まずいよなコレ⁉」
「ああ、速く本部に連絡しよう‼」
エンジンを大きく吹かせて、アクセルを踏み込んだ。
人々に危惧が伝染する中で、鉱物型は這いよる植物を掴み取る。
自身の鉱物の身体に先端を突き刺して、ネクタルフォースの光が鉱物型アッシュに注がれていく。
アッシュの到来。
そして築き上げてきた防衛線の瓦解は、人類側に大きな危難を抱かせるに充分であり。
国民のアッシュに対しての危機感が募ると共に、防衛局に対して明確な問題を求めていた。
なぜここまでの個体を事前に察知できなかったのか? 壁の耐久力が不十分だったのではないのか? 防衛センターの援護にもっと速く部隊を展開できなかったのか?
あらゆる疑義が、対策室の面々の肩に手を掛ける。
事態を少しでも終息させるために、明道秋昌は一研究員として――鉱物型に対する態勢を整えつつあった。
『結果は順調です。奴の体組織への効力も立証できました! これならいけるはずです!』
「最終メンテナンスには私も立ち会う。それまでは任せてもいいか?」
『ええ、分かりました』――部下とのパソコン越しでの会話を打ち切り、秋昌は短く息を吐く。
パソコン画面には、鉱物型のいくつもの添付写真が開かれており――奴は今、秋昌たちの住むざっと二十キロ先の街中で休眠していた。
路上で――それも奴の周囲には植物型の樹海が築かれていた。
鉱物型と植物型の共存関係――それはさながらネクタル因子の、ガソリンスタンドとでも言うべきか……植物型が、鉱物型に自身のエネルギーを分け与えていたのだ。
事態の刷新は必須であり、秋昌は、もう一つの書類に目を通す。
新城から託された、ある提案書類。
記載には、こちらが長年研究してきた一部データの分配と、結果生み出される人類の可能性。
(新城会長……! 貴方は、どこまでも我欲に飢え続けるのだな)
新城の考えを否定するのなら、協力なんて跳ね除けばいい。
しかしそれを躊躇わせるには、もう一つの人質があった。
自分の子供――並びにチルドレンメンバー。
無論、自分の子供たちを信用していない訳ではない。この兵装が完成すれば、フローラチルドレンも。そして援が戦う心配も無くなる、が――。
「私は何処までも……臆病者だな」
完璧――そこに到達するまでの自信と確信が付いてこない。
研究者である以上、妄信よりも確実な結果を目指す。”かも“や”たぶん“では意味が無い。
子供たちが失敗した時、それを助けられる人物は援しかいない……。
心のどこかでそう結論に至る中で、ドアからノック音が響く。
「おじさん、ちょっといいですか?」
秋昌は書類を机の引き出しに仕舞い、養子の暁に向き直った。
「後ほどでいいから、剛山が武器の目途の件で、電話を寄越してほしいと」
「そうか……。実技には私も立ち会う予定だ。彼にもそうさせよう」
「俺も行っていいですか? どの程度のものかは、リーダーである俺も知っておきたいですし」
「それはいいが……君は大丈夫なのかい? 最近、妙に元気が無さそうであったし。エミはそっとしておいた方がいいと、なぜか遠巻きに……」
「今は大丈夫です。俺にもやるべきことがありますから」
強い面持ちと真意に、秋昌は頷いた。
「私は行くところがある。君は今日、どうするんだ?」
「鉱物型の討伐日取りの会議に呼ばれています。今回で明確な作戦執行の目処が立つはずです。アッシュが何時までもあそこに居座ってるとは思えませんので」
「奴が出現して『三日』か。ならそれまでに、武装も急がせよう」
暁の肩を軽く叩き、秋昌は退出するが、暁はふと足を止めた。
主人の居ない一室――その机に目を向けて。




