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孤高なるギエン  作者: ホオジロ ケン
キャシテライト編
31/49

到達すべき真実

 アッシュ出現から二十六分。


「なんなの……コレ」


 佐奈さなは悲惨とも声にすることをはばかられる、自分たち軍の哀れな惨状にポツリと。

 アリスやレイラ、誠司せいじも、佐奈と同様の心境だったのだろう。


「悪夢……。ついにアッシュに、壁の突破を許された」


 他の部隊が、生存者が居ないかを確認していく光景に、後方からバイク音が近づいてくる。

 振り返るとあかつきとエミがスーツを受け取り身に付けながら、駆け寄って来る。


「これが……たった一体にか?」


 事の顛末を聴き終え、暁は強く歯噛みし、エミも重大さに冷や汗を掻く。

 アッシュを取り逃がした件においてもだが――他にも目を潰れない案件が有った。


「みんな、事態はアッシュだけじゃない。あの植物型アッシュの同型が、街中に根付いてる」


「植物型って……、それじゃあアレ生きてたの~⁉」


「いや、同型ではあるかもだが、アッシュのように動いているわけじゃない。あくまで土地に留まって領土を広げてるって感じだ。徐々にではあるがな」


「でも、どうするの⁉ 今回の敵は二手に分かれて倒せるような相手じゃないのに!」


『おい、ここに誰か居るぞ⁉』


 遠くの方で兵士が、手を振って人を集めていた。

 エミもそれに「はっ?」っと、なる。


「小さい……けど、因子の反応⁉」


 言うや、駆け寄っていた兵士が強烈な力で突き倒される。


 誰もが足を踏み留めた。

 よれよれと立ち上がる……人とは思えぬシルエット。

 身体中に焦げ付いた黒がこびり付き、胴体部分に至っては大きく皮膚を剥がされていた。

 しかし間違いようもない――暁は瞬時に気づく。


「人型アッシュ‼」


 兵士たちが銃器を向けたまま、徐々に後退していく。

 フローラチルドレンのメンバーは、そんな群衆の中を掻きわけて一目散に前に出た。


「奴が居るってことは、鉱物型と先に交戦を!」


「どうやらそうみたい! こんだけ傷を負ってるってことは~……!」


「勝負に負けた。そういうこと……?」


「奴の事情なんざどうでもいい! ここが潰すチャンスかもしれねえ!」


 エミは呼吸を乱して、すぐさま反応。


「ちょっと待って暁君! アレだけ弱ってるなら、捕獲だって充分許容範囲でしょう⁉ むしろその方がこのアッシュの、存在意義に近づける!」


「そんな悠長な意見が通る相手かよ! 全員、戦闘配備‼」


 暁に続き、アリス、レイラ、誠司はスーツの力を実行。

 遅れて佐奈、エミの順でスーツの光は起動。


「アリス、奴の足を打ち抜いて動きを止めろ! 佐奈、誠司! 俺と同時に仕掛けるぞ!」


「う、ういっす!」


「癪だけど、やるしかないみたいね」


 佐奈は不安がるエミに視線を数度向けながら、心を固める。

 もしも人間ならば――という、エミの一歩を阻害する、大きな溝。


 開戦の合図は、無情にも鳴り響いた。


 アリスの光弾が両足に直撃し、膝をつく人型アッシュ。

 暁は柄を握り込み、走り出そうと。



『ああああ、うごあああああああああああああああああああ‼』



 絶叫。

 まるで人の泣き叫ぶ声を、その場の全員が聴き――エミの感覚に、畏怖の洪水が押し寄せる。


「因子の……異常発達!」


「そっちへ行ったぞアリス‼」


 一直線に突っ込んでくる。

 瞬き一つで目前に迫られ、アリスは恐怖に押されて銃口を構える動作に後れをきした。


「こ、この⁉」


 抵抗も許さぬまま手首を掴み上げられる。

 そして人型アッシュは、覆われたマスク顔に亀裂を走らせ、口をパカリと開いた。


 アンブロシア兵器へ――かぶりつく。


「コイツ……⁉」


 顔面を小さな拳で殴打するも、相手は動じない。

 仲間を助けるため、レイラは行動に出た。背中に備えられたシールドバックを展開し、ネクタルフォースを得て粒子で作り出された盾を以って、アッシュとアリスを跳ね飛ばす形で突貫。


「二人とも無事だな⁉ にしてもあの野郎!」


「アイツ、回復のためにネクタルフォースに還元される前のエネルギー源を……!」


 皆の前で武装を抉り、因子の凝縮された小指ほどのボトルを、口に放って飲み込んでいく。

 ただひたすらに人型アッシュの目は、ネクタル因子にだけ向けられていた。

 人型アッシュの重傷で爛れる黒い火傷痕に、緑の血管が浮かび上がり――黒ずんだ細胞が剥がれ落ち、新しい組織が顔を出し始める。


「超速で傷を治癒してる! 早めに決着はつけた方がいいかもね」


「アリス、替えの武器が無いなら取ってこい⁉ それまでは俺たちがなんとか持たせる!」


 小さく頷くアリスは、ゆっくり数歩ずつ下がり、ある程度の距離で途端に背を向ける。

 人型アッシュは反応を示さない。

 次に定めていた人間が居たからだ。


『うおあああああああああああ‼』


「やばいやばい、こっち来ちゃったーーっ⁉」


 迫る大口。

 ほぼ反射的に防御体制を敷くレイラは、相手の突撃に因子の壁を築き足を踏ん張らせた。


「このまま押さえてろ⁉ 誠司、佐奈‼」


『ええ(はいっす)‼』、三人が一気に詰め寄った。


 しかし仲間が到達するよりも先に、レイラの盾が異変を生じる。

 生み出されたエネルギーが小さくなり――人型アッシュの皮膚からパキパキと乾いた音が響いていた。


(コイツ……私のエネルギーを吸収してる‼)


 暁が刀を振り上げて、アッシュの皮膚へ直撃する瞬間。


 視界の側から、見知らぬ衝撃が暁の脇腹を捉える。

 暁だけでは無い。他の二人にも。


「一体何が……!」


 やがて目の前のエネルギーの壁が途切れ、レイラはアッシュに首を捕まれながら、背中の装備をスーツごと破りとられた。

 唯一、外から観戦に徹していたエミは、ただ息を飲む。


 人型アッシュの腰あたりから、不定形の”尻尾“が創り出されていた。


 形は定まっておらず、青いエネルギーの可視化された光の骨組みは、伸び縮みを繰り返し、感情の昂りに応じて揺らめいている。

 武装を噛み砕く音が終わり、人型アッシュはエミの方へと首を向ける。


(確かに感じた……あの時と同じ感覚!)


 恐怖に一歩後退してしまうエミ。


 彼女の戦意を削いだのは、絶対に拭えやしない、あの時の絶望……。


 死よりも悍ましい光景が、嫌でも脳内を掻き乱す。

 ワーウルフに取り込まれそうになる、あの絵面を――。


「くう! このおお⁉」


 全身の痛覚を闘争心で押さえ込んで、佐奈は地を跳ねた。

 例え弱った少女の力でも、スーツの効力は何倍にも増幅してくれた。一気に相手へナイフの刃を味合わせるために、歯を食いしばり重力に耐える。

 対してアッシュは、佐奈に視線を向けることもなく――尻尾を後方の地面にぶつける。

 衝撃と破片。ボロボロのスーツを身にまとうレイラが、佐奈の方へと勢いよく衝突した。


「佐奈ちゃん⁉ レイラちゃん⁉」


 それを境に、アッシュはエミへと迫る。


 ただ単純な本能だけを解き放った、人型アッシュの本来のポテンシャルだとしたら、自分たちはどれだけ無謀な相手と挑んでいたのだろう……。


 エミは相手に首を鷲掴みにされながら、ふつふつと考えさせられる。

 能力を買われ、自分たちにしか扱えない強力な兵器を持ってすら、通用した相手は最初のうち。ワーウルフを境に、苦行の上で足掻き、遂には自分たちにどうすることもできないまま……。


 そして訳も分からず、目の前の――アッシュであるはずの怪物に、命を拾われた。


(違う……)


 恐怖に飲まれ、失意色に変わっていた瞳の奥に、エミはか細い希望を手繰る。


(私たちは――知るべき、だったんだ……。貴方を、アッシュがなんなのかを――⁉)


 やがて相手の掴む丸太程の手首周りを、両の手で掴み、


「私の命を救った理由も、貴方が戦うべき、理由も!」


 震える手で胸の起動ブローチに手を向かわせ、スーツのエネルギー供給を途切れさせる。

 スーツの効力が無い状態では裸同然、スナック菓子を握り潰すぐらいに容易に殺される。

 しかしそれを承知でも、エミは迷わず実行した。


「教え、て‼ 貴方が、どうしてそんなに傷ついてまで、ここに居るのかを――」


 そして、彼女は自身の本音を曝け出す。



「私、貴方のことを知らなくちゃ……このまま死ぬのは、嫌だよ‼」



 アッシュの指がピクリと動き、途端に握力を弱めた。


 すり落ちるエミは、顔を抑える人型アッシュを前におぼつかない足取りで立ち上がる。

 先程までの怪物とは嘘みたいに――見えない何かと戦っているようであり。

 振り払う手を、エミは優しく掴んだ。


「大丈夫だから……」


『………………………………』


 人型アッシュから、ネクタルフォースの輝きが弱まっていく。


「ぼ、僕、は…………⁉」

 

 聞き流すことのできない、それは昔からの友人の声だった。


「やっぱり……貴方だったんですね?」


 彼は――周囲を見渡して、やがてエミへと集約しながら、自身のやったことを振り返った。


「僕は……一体何を、していたの?」


「落ち着いて下さい。貴方は意識を失っていたも同然なんです。だからこれは不可抗力で……」


「で、でも僕は……⁉」


 そこでふと、口をつぐむ。

 エミの態度の軟化に――違和感にようやく気付いたからだ。


「もしかして、僕のことを?」


 彼は――たすくは動揺に飲まれて後退していく。


「待って下さい! 私は聞きたいんです! 貴方の、援さ……!」


『エミっち頭下げて‼』


 通信器具から怒声に近い、アリスの声。


 瞬間、援の顔面に遠距離の光弾が直撃した。


 顔面を片手で押さえつけ、膝を折って援は痛みに唸る。

 エミはすかさず歩み寄ろうとするのだが――彼女の目前で、男の背中が割り込んだ。


「暁君⁉」


「言ったはずだぞエミ‼ こいつはアッシュだ! 肩入れするなら下がってろ⁉」


「そうじゃないの! 彼は――‼」


 肩に手を付ける家族を振り払い、暁は強引に彼女を突き放した。

 暁は自身の刀の切っ先を、アッシュへと振り下ろしにかかる。


「これで‼」



「あっ君」



 突き刺しにかかる刀身を握り止めて――アッシュは立ち上がる。


 攻撃が直撃し、破壊された怪物の皮膚の下で、人の瞼が、瞳が、赤く染まる眼球が有った。


「嘘、だろ――……⁉」


 暁の武器を握る手が、勝手な脱力でだらりと離してしまう。

 絶望もより色濃く。


「なんで……!」


「あっ君」


「違う⁉」


 途端に拒絶する彼は震えていた。

 暁の繊細であった部分が何もかも――。


「お前なわけが無い! アイツは……こんなことできる人間じゃない‼」


 瞳も、手足も、口元でさえ――自分の一部には思えなかった。


「アイツは……人間だ! 誰よりも優しくて、脆い――。俺たちが守ってやらなきゃいけない人間のはずだ! それがこんな……‼ なんで⁉」


 豹変したように崩れていく彼の態度が、援に酷い負い目を湧き上がらせた。

 彼へ向けてではない。


「君は僕を、そんな風に見ていたの?」


 暁の動揺具合が、途端に喉元へと引っ込んだ。

 援は再び自身の晒していた皮膚を怪物の面で覆っていく。


「あっ君、僕は行くよ。止めなきゃいけない人がいる」


 援は強靭な跳躍力で、漠然とした暁を置き去りにした。

 その姿は、さらに手の届かない奥底へと消えていった。

 



「一体どうなってるの?」


 事態の飲み込めないフローラチルドレンのメンバーが、膝を折って茫然とする暁と、ただアッシュの消えた先を見つめているエミに問いかける。


「ごめんなさい。やっぱり私たちに、あのアッシュは撃てなかった」


「どういった、要因で? 攻撃できないわけじゃあ、無かったよね?」


「なんで……暁さんは」


 アリスの青い瞳が非難し、それは誠司の茶色い瞳にも伝染する。

 ただ一人……レイラに肩を貸して、遅れてきた佐奈は、エミの内面を察した。


「『人間』――だったのね? あのアッシュ」


 途端にアリス、誠司、そして隣で弱々しく首をだれていたレイラの表情が固まった。

 エミは小さく頷いた。


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