到達すべき真実
アッシュ出現から二十六分。
「なんなの……コレ」
佐奈は悲惨とも声にすることをはばかられる、自分たち軍の哀れな惨状にポツリと。
アリスやレイラ、誠司も、佐奈と同様の心境だったのだろう。
「悪夢……。ついにアッシュに、壁の突破を許された」
他の部隊が、生存者が居ないかを確認していく光景に、後方からバイク音が近づいてくる。
振り返ると暁とエミがスーツを受け取り身に付けながら、駆け寄って来る。
「これが……たった一体にか?」
事の顛末を聴き終え、暁は強く歯噛みし、エミも重大さに冷や汗を掻く。
アッシュを取り逃がした件においてもだが――他にも目を潰れない案件が有った。
「みんな、事態はアッシュだけじゃない。あの植物型アッシュの同型が、街中に根付いてる」
「植物型って……、それじゃあアレ生きてたの~⁉」
「いや、同型ではあるかもだが、アッシュのように動いているわけじゃない。あくまで土地に留まって領土を広げてるって感じだ。徐々にではあるがな」
「でも、どうするの⁉ 今回の敵は二手に分かれて倒せるような相手じゃないのに!」
『おい、ここに誰か居るぞ⁉』
遠くの方で兵士が、手を振って人を集めていた。
エミもそれに「はっ?」っと、なる。
「小さい……けど、因子の反応⁉」
言うや、駆け寄っていた兵士が強烈な力で突き倒される。
誰もが足を踏み留めた。
よれよれと立ち上がる……人とは思えぬシルエット。
身体中に焦げ付いた黒がこびり付き、胴体部分に至っては大きく皮膚を剥がされていた。
しかし間違いようもない――暁は瞬時に気づく。
「人型アッシュ‼」
兵士たちが銃器を向けたまま、徐々に後退していく。
フローラチルドレンのメンバーは、そんな群衆の中を掻きわけて一目散に前に出た。
「奴が居るってことは、鉱物型と先に交戦を!」
「どうやらそうみたい! こんだけ傷を負ってるってことは~……!」
「勝負に負けた。そういうこと……?」
「奴の事情なんざどうでもいい! ここが潰すチャンスかもしれねえ!」
エミは呼吸を乱して、すぐさま反応。
「ちょっと待って暁君! アレだけ弱ってるなら、捕獲だって充分許容範囲でしょう⁉ むしろその方がこのアッシュの、存在意義に近づける!」
「そんな悠長な意見が通る相手かよ! 全員、戦闘配備‼」
暁に続き、アリス、レイラ、誠司はスーツの力を実行。
遅れて佐奈、エミの順でスーツの光は起動。
「アリス、奴の足を打ち抜いて動きを止めろ! 佐奈、誠司! 俺と同時に仕掛けるぞ!」
「う、ういっす!」
「癪だけど、やるしかないみたいね」
佐奈は不安がるエミに視線を数度向けながら、心を固める。
もしも人間ならば――という、エミの一歩を阻害する、大きな溝。
開戦の合図は、無情にも鳴り響いた。
アリスの光弾が両足に直撃し、膝をつく人型アッシュ。
暁は柄を握り込み、走り出そうと。
『ああああ、うごあああああああああああああああああああ‼』
絶叫。
まるで人の泣き叫ぶ声を、その場の全員が聴き――エミの感覚に、畏怖の洪水が押し寄せる。
「因子の……異常発達!」
「そっちへ行ったぞアリス‼」
一直線に突っ込んでくる。
瞬き一つで目前に迫られ、アリスは恐怖に押されて銃口を構える動作に後れをきした。
「こ、この⁉」
抵抗も許さぬまま手首を掴み上げられる。
そして人型アッシュは、覆われたマスク顔に亀裂を走らせ、口をパカリと開いた。
アンブロシア兵器へ――かぶりつく。
「コイツ……⁉」
顔面を小さな拳で殴打するも、相手は動じない。
仲間を助けるため、レイラは行動に出た。背中に備えられたシールドバックを展開し、ネクタルフォースを得て粒子で作り出された盾を以って、アッシュとアリスを跳ね飛ばす形で突貫。
「二人とも無事だな⁉ にしてもあの野郎!」
「アイツ、回復のためにネクタルフォースに還元される前のエネルギー源を……!」
皆の前で武装を抉り、因子の凝縮された小指ほどのボトルを、口に放って飲み込んでいく。
ただひたすらに人型アッシュの目は、ネクタル因子にだけ向けられていた。
人型アッシュの重傷で爛れる黒い火傷痕に、緑の血管が浮かび上がり――黒ずんだ細胞が剥がれ落ち、新しい組織が顔を出し始める。
「超速で傷を治癒してる! 早めに決着はつけた方がいいかもね」
「アリス、替えの武器が無いなら取ってこい⁉ それまでは俺たちがなんとか持たせる!」
小さく頷くアリスは、ゆっくり数歩ずつ下がり、ある程度の距離で途端に背を向ける。
人型アッシュは反応を示さない。
次に定めていた人間が居たからだ。
『うおあああああああああああ‼』
「やばいやばい、こっち来ちゃったーーっ⁉」
迫る大口。
ほぼ反射的に防御体制を敷くレイラは、相手の突撃に因子の壁を築き足を踏ん張らせた。
「このまま押さえてろ⁉ 誠司、佐奈‼」
『ええ(はいっす)‼』、三人が一気に詰め寄った。
しかし仲間が到達するよりも先に、レイラの盾が異変を生じる。
生み出されたエネルギーが小さくなり――人型アッシュの皮膚からパキパキと乾いた音が響いていた。
(コイツ……私のエネルギーを吸収してる‼)
暁が刀を振り上げて、アッシュの皮膚へ直撃する瞬間。
視界の側から、見知らぬ衝撃が暁の脇腹を捉える。
暁だけでは無い。他の二人にも。
「一体何が……!」
やがて目の前のエネルギーの壁が途切れ、レイラはアッシュに首を捕まれながら、背中の装備をスーツごと破りとられた。
唯一、外から観戦に徹していたエミは、ただ息を飲む。
人型アッシュの腰あたりから、不定形の”尻尾“が創り出されていた。
形は定まっておらず、青いエネルギーの可視化された光の骨組みは、伸び縮みを繰り返し、感情の昂りに応じて揺らめいている。
武装を噛み砕く音が終わり、人型アッシュはエミの方へと首を向ける。
(確かに感じた……あの時と同じ感覚!)
恐怖に一歩後退してしまうエミ。
彼女の戦意を削いだのは、絶対に拭えやしない、あの時の絶望……。
死よりも悍ましい光景が、嫌でも脳内を掻き乱す。
ワーウルフに取り込まれそうになる、あの絵面を――。
「くう! このおお⁉」
全身の痛覚を闘争心で押さえ込んで、佐奈は地を跳ねた。
例え弱った少女の力でも、スーツの効力は何倍にも増幅してくれた。一気に相手へナイフの刃を味合わせるために、歯を食いしばり重力に耐える。
対してアッシュは、佐奈に視線を向けることもなく――尻尾を後方の地面にぶつける。
衝撃と破片。ボロボロのスーツを身にまとうレイラが、佐奈の方へと勢いよく衝突した。
「佐奈ちゃん⁉ レイラちゃん⁉」
それを境に、アッシュはエミへと迫る。
ただ単純な本能だけを解き放った、人型アッシュの本来のポテンシャルだとしたら、自分たちはどれだけ無謀な相手と挑んでいたのだろう……。
エミは相手に首を鷲掴みにされながら、ふつふつと考えさせられる。
能力を買われ、自分たちにしか扱えない強力な兵器を持ってすら、通用した相手は最初のうち。ワーウルフを境に、苦行の上で足掻き、遂には自分たちにどうすることもできないまま……。
そして訳も分からず、目の前の――アッシュであるはずの怪物に、命を拾われた。
(違う……)
恐怖に飲まれ、失意色に変わっていた瞳の奥に、エミはか細い希望を手繰る。
(私たちは――知るべき、だったんだ……。貴方を、アッシュがなんなのかを――⁉)
やがて相手の掴む丸太程の手首周りを、両の手で掴み、
「私の命を救った理由も、貴方が戦うべき、理由も!」
震える手で胸の起動ブローチに手を向かわせ、スーツのエネルギー供給を途切れさせる。
スーツの効力が無い状態では裸同然、スナック菓子を握り潰すぐらいに容易に殺される。
しかしそれを承知でも、エミは迷わず実行した。
「教え、て‼ 貴方が、どうしてそんなに傷ついてまで、ここに居るのかを――」
そして、彼女は自身の本音を曝け出す。
「私、貴方のことを知らなくちゃ……このまま死ぬのは、嫌だよ‼」
アッシュの指がピクリと動き、途端に握力を弱めた。
すり落ちるエミは、顔を抑える人型アッシュを前におぼつかない足取りで立ち上がる。
先程までの怪物とは嘘みたいに――見えない何かと戦っているようであり。
振り払う手を、エミは優しく掴んだ。
「大丈夫だから……」
『………………………………』
人型アッシュから、ネクタルフォースの輝きが弱まっていく。
「ぼ、僕、は…………⁉」
聞き流すことのできない、それは昔からの友人の声だった。
「やっぱり……貴方だったんですね?」
彼は――周囲を見渡して、やがてエミへと集約しながら、自身のやったことを振り返った。
「僕は……一体何を、していたの?」
「落ち着いて下さい。貴方は意識を失っていたも同然なんです。だからこれは不可抗力で……」
「で、でも僕は……⁉」
そこでふと、口をつぐむ。
エミの態度の軟化に――違和感にようやく気付いたからだ。
「もしかして、僕のことを?」
彼は――援は動揺に飲まれて後退していく。
「待って下さい! 私は聞きたいんです! 貴方の、援さ……!」
『エミっち頭下げて‼』
通信器具から怒声に近い、アリスの声。
瞬間、援の顔面に遠距離の光弾が直撃した。
顔面を片手で押さえつけ、膝を折って援は痛みに唸る。
エミはすかさず歩み寄ろうとするのだが――彼女の目前で、男の背中が割り込んだ。
「暁君⁉」
「言ったはずだぞエミ‼ こいつはアッシュだ! 肩入れするなら下がってろ⁉」
「そうじゃないの! 彼は――‼」
肩に手を付ける家族を振り払い、暁は強引に彼女を突き放した。
暁は自身の刀の切っ先を、アッシュへと振り下ろしにかかる。
「これで‼」
「あっ君」
突き刺しにかかる刀身を握り止めて――アッシュは立ち上がる。
攻撃が直撃し、破壊された怪物の皮膚の下で、人の瞼が、瞳が、赤く染まる眼球が有った。
「嘘、だろ――……⁉」
暁の武器を握る手が、勝手な脱力でだらりと離してしまう。
絶望もより色濃く。
「なんで……!」
「あっ君」
「違う⁉」
途端に拒絶する彼は震えていた。
暁の繊細であった部分が何もかも――。
「お前なわけが無い! アイツは……こんなことできる人間じゃない‼」
瞳も、手足も、口元でさえ――自分の一部には思えなかった。
「アイツは……人間だ! 誰よりも優しくて、脆い――。俺たちが守ってやらなきゃいけない人間のはずだ! それがこんな……‼ なんで⁉」
豹変したように崩れていく彼の態度が、援に酷い負い目を湧き上がらせた。
彼へ向けてではない。
「君は僕を、そんな風に見ていたの?」
暁の動揺具合が、途端に喉元へと引っ込んだ。
援は再び自身の晒していた皮膚を怪物の面で覆っていく。
「あっ君、僕は行くよ。止めなきゃいけない人がいる」
援は強靭な跳躍力で、漠然とした暁を置き去りにした。
その姿は、さらに手の届かない奥底へと消えていった。
「一体どうなってるの?」
事態の飲み込めないフローラチルドレンのメンバーが、膝を折って茫然とする暁と、ただアッシュの消えた先を見つめているエミに問いかける。
「ごめんなさい。やっぱり私たちに、あのアッシュは撃てなかった」
「どういった、要因で? 攻撃できないわけじゃあ、無かったよね?」
「なんで……暁さんは」
アリスの青い瞳が非難し、それは誠司の茶色い瞳にも伝染する。
ただ一人……レイラに肩を貸して、遅れてきた佐奈は、エミの内面を察した。
「『人間』――だったのね? あのアッシュ」
途端にアリス、誠司、そして隣で弱々しく首をだれていたレイラの表情が固まった。
エミは小さく頷いた。




