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孤高なるギエン  作者: ホオジロ ケン
キャシテライト編
30/49

鉱物型アッシュ

 アッシュ出現から二十分。

 壁がそびえるセクター前に、こぞって軍用・戦闘車両が密集し、皆緊張を走らせる。


おおとり隊長! 現時刻をもって、対アッシュ殲滅戦が施行。街への避難勧告も行われています!」


 眉間にしわを寄せ、野獣と思わせる彼の表情はより一層固くなる。


 築かれて8年近くにもなる壁が、真正面から崩されようとしている。


 これまで醜態を必死に隠そうとしてきた上層部の決断とは打って変わり、余りにも割り切られたものだ。それだけに今回の敵の脅威を重く見ていた。


「奴はなんとしてでもここで食い止める! フローラチルドレンはまだ到着しないのか⁉」


「待って下さい、鳳隊長! ネクタル係数の異常発達を検知‼ 壁の向こうに来ています!」


 ノートPCにエネルギーの脈が激しく波立ち――。



『ギイイイイイイイイイイッ‼』



 甲高い怪奇音と同時に、壁が煙を上げてオレンジ色に変色していく。


 兵士たちがざわついた。

 溶解していく。内部から照射される熱が、円形状のラインで広がりスタート地点へと周回。  


 そして壁に衝撃が走った。


 溶解し脆くなった範囲を境に、壁は丸く切り取られ、その残骸が鳳たちの目前まで転がり込む。

 ズシン……ズシン……。重い足取りが、コンクリートに散らばる塵を揺らし外に出た。



《鉱物型アッシュ》――未だ人類が戦ったことのない、未曾有の怪物。



 艶の宿る青鈍色の身体は、陽光を反射して更に光沢を増す。

 鉱石のゴテゴテしさとは縁遠く、研磨でもされたように身体は丸みを帯びていた。しかし体型はアンバランスであり、上半身は体積を風船の如く膨らませている傍、ウエストから下は尻すぼみに小さく、もはやどうやって支えているのか検討も付かない。


 顔だと思われる位置には、小粒の青い結晶がひし形に埋め込まれている。


 生物とはかけ離れた意匠で、唯一、手足があることがアッシュだと特定できる境界線だった。


「総員、戦闘準備!」


 誰もが一斉に、異形の存在へ機銃の銃口を突きつけた。


「機銃部隊、射撃開始‼」


 ダダダダッ‼ 数十もある銃口から、毎秒数十から数百発に発射される弾丸の嵐が直撃。

 景気の良い着弾音が連続で届けられるも、鉱物型の表面に外傷は生まれなかった。


「戦車部隊、攻撃開始‼」


 鳳は苦心する素振りなく、次の攻撃に移行。

 五台の戦車の砲塔が、鉱物型に向けられて――炎の噴煙と轟音が同時にその場を支配した。

 放たれた徹甲弾は、一寸の狂いもなく相手へ直撃し、何層もの重低音が重なった。


「目標へ直撃!」


「奴への効果は⁉」


 目を凝らし、捲き上る塵煙が引いた先に。



 奴は立っていた――その身には何一つ、傷も無く。



「敵アッシュ! ネクタル系数値急上昇‼」


 鉱物型の外表を滑る光沢に、明らかに不自然な光が横切った。


 身体中から青い光が、ひし形状に分布する結晶たちに集結し――。



『ギイイイイイイイイイイイイン‼』



 金属の摩擦させる金切り音を発して、膨大な熱量を放出。


 鋭く、細く、それは人間の防衛線を一直線に横切った。


 白い煙がアスファルトから立ち上り、黒く焼け焦がしていく。


「被害報告! 損害はどうなっている⁉」


「射線状から離れ、歩兵に死傷者は有りません! しかし戦車が一台……」


 誰もが戦車に目を向けた。

 ものの見事に直撃した移動砲台は、先ほどの壁と同様にオレンジの溶解する亀裂を付けられ。


 盛大に爆発した。


 爆煙と破片が吹き上げる。同時に誰もが、恐怖に塗りつぶされた。


「これが鉱物型の攻撃……これではまるで熱線兵器ではないか⁉」


「第二派来ます‼ ネクタル系数値異常発達!」


 息も付かせず鉱物型アッシュは――彼らの防衛網を忘却の光で焼き尽くす。




「ん? おいなんだアレは⁉」


「人型の……怪人⁉」


 人ではあり得ない速度から、容易に10メートル単位で警備の頭を飛び越えていく。

 次第に強くなる気配を前に、体内のネクタル因子の血流が、温度を高め、危険と警告する。


「これ、は」


 目的地に到着して、たすくの視界に触れたのは――あらゆる破壊の痕だった。


 灼熱の大地が、人も車両も戦車も、あらゆるものを炙り、死臭の匂いさえ塗り変える。

 黒焦げたアスファルトと燃え揺らめく炎に中心で、たった一つ。その場で存在を許される者。


 鉱物型アッシュ――奴はひし形上に広がる結晶の粒から、光を明滅させて、援の前に立つ。


「お前が……ここに居る人たちを」


 返答はなく、相手は態度で示す様に、援へ向けてネクタルフォースの攻撃を放った。


 人類軍を僅か二分で壊滅させた、破壊の光線を。


「っ⁉」


 危機感に、大きく転がるようにして横へ避ける。

 しかし鉱物型の攻撃は照射し続けており、援の後を追って、やがて無傷の車両に辿り着く。

 それを盾にしても車体は溶け、ガソリン引火に数秒も掛からず、炎を巻き上げて盛大に爆発。

 鉱物型は攻撃を取りやめ、じっとその場を見つめていたが――。


「おおおおおおおおおおおおおおおおお‼」


 空から雄叫びに混じり、鉱物型の頭に当たる位置に援の武器が直撃。

 腕のスライサーは、赤いネクタルフォースを纏って、鉱物型のボディに衝撃を行き渡らせるが。


『ブウン!』


 身震いの要領で身体を僅かに動かし、赤い衝撃波は鉱物型のボディを滑り落ちる。


(攻撃を受け流された⁉︎)


 援は着地間際に、後方へ回り込む。


(とにかく敵の正面に居たらまずい。コイツの弱点は……)


 がむしゃらに相手の背中へ殴る、蹴る、切り裂いていく。

 力任せにただ全力を振り絞ってみるが、相手を一歩二歩前進させるしか効果は無く。

 鉱物型が振り返ろうとした矢先に、その背へがっしりと組みつき、行動を制限。


(せめて、これ以上の被害は――) 


 そう思っていた矢先に、鉱物型は力を緩めた。

 本能が危険を感知し、援は組み付いていた身体をほどくが。


 彼の脇腹付近に、小さな熱戦の筋が通過――貫通し、後方の地面から炎を巻き上げる。


 援は自身の焼けこげた穴を片手で抑え、数歩後退した。

 よく見れば、攻撃の照射元である背中のとある部分に青い結晶の小粒が一つあり、用を終えるや岩面へと埋もれ、鉱物型は正面を援に向き直す。

 さっきまで個数が足りていない結晶の隙間に、背中に回っていたであろう結晶が顔を出した。


「あの結晶、身体ならどこへでも出し入れできるのか……」


 だとしたらまずい――それは敵に、死角が無いことを意味している。

 更に鉱物型は、次の手に打って出た。


 両腕を構え、野太いチューブ型の指を彼へと向けて――光の弾丸を連続で射ち放つ。


 回避するには距離も隙間も無く、援は顔を腕で覆い防御態勢を敷く。

 全身に無数の爆発が巻き起こった。

 膨大な熱量が全身を覆い、やがて防御態勢さえ崩れ――援は地面を引きずった。


(反撃の、糸口、が――⁉)


 意識が次第に朦朧となるが――そんな最中で鉱物型の攻撃は急に緩んだ。

 距離を放すごとに光弾の向かう先が乱雑になり、命中率が低くなっていたのだ。

 援は途端に後方に飛びずさり、身体中黒く焦げ付きながらも、必死に戦意を保った。


(刃物の形状では駄目だ。奴の身体に傷を付けるには、もっとパワーがいる!)


 自分と、そして身体を構成している因子や細胞たちに必死で投げかけた。

 恐怖、怒気、渇望。あらゆる感情が、生への執着へと既決し、過激に共鳴反応を起こした。

 腕から突き出たスライサーが不定形のエネルギーに回帰し、今度は拳の方へ収束。


 拳全体に凝固した結晶を纏い、援は暫定的な拳鍔ナックルダスターを造りだす。


「おおおおおおおおおおおおおお‼」


 エネルギーの収束する結晶近くの顔面を横殴り、無理やり軌道を捻じ曲げた。


 鉱物型の放つ熱線が、何もない空間に合わせて赤い亀裂を残す。

 援は間を置かずに、相手の胴体へ向けて追撃を駆ける。

 ゴガッ‼ ガキッ‼ 重厚な打撃音が互いの空間で行き来する。

 鉱物型の熱戦が途絶えても、手を緩めない援。


 力の限り、一発一発を相手に打ち込んでいき、鉱物型の外表にひびを穿った。


 その一点に目掛けて、援はアスファルトを砕くぐらいに足を強く踏み鳴らし、予備動作の大きいかぶりを振った右拳を突き立てた。



 赤い因子が無意識に殴打と混じり――鉱物型は盛大に外表を破損させて、後方へ転倒する。



「はあ……はあ……」


 肩を乱雑に上下させて、援は立ち眩みを起こす。

 見れば両腕の拳から結晶がポロポロと剥げ落ちていた。


「アッシュは……」



 鉱物型アッシュは――生きていた。



 糸に吊られて人形が立ち上がるような起き上がり方で、奴は二本足で直立。


「陥没しただけじゃあ、止まらないのか……⁉」


 弱点も――それ以前に生物として、どうやって殺しきるのかも。


 何もかもが未知であり、途方も無く続く相手への不安が、ついには援に絶望を噴出させる。

 そんな相手を嘲笑っているのか、鉱物型は鼻歌のように電子音の音楽を聴かせた。


「……………………え?」


 突拍子のような援の一言――聞き覚えがあったのだ。



(そんな……)



 遠い遠い、それでも色あせることなく残り続けた確かな記憶。

 自分の為に、とある人が引いてくれた、ピアノの曲。



「まさか……」



 やがて周りの環境音さえ、電子の歌声に塗りつぶされて――援は茫然と確信を寄せた。



 父さん?――と……。



『………………』


 立ち尽くす彼へ向けて、鉱物型は光の熱戦を浴びせる。


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