膨らむ疑念
援が新城の元を訪ねて、次の日。
街は平和な日常を迎えながらも、それを噛みしめる余裕なく学校へ登校する者が一人。
ずかずかと、いつもよりも歩幅を放し、エミは不機嫌顔を作っていた。
「どうしてあんなに冷徹に……昔は違っていたのに」
彼女が不満を覚えたのは、つい昨日のことである。
卓上と同化したディスプレイの先に、怪物同士の戦闘が繰り広げられる。
エミは食い入るように動画を視聴していた。
「植物型との交戦記録。私たちが戦った時と随分と形状が違ってる。恐らく土壌を得ての、植物型の戦闘態勢なんじゃないかって。あくまで研究者の発言だけど」
佐奈は捕捉説明し、再生を進めて、戦闘の佳境部分へ移行。
「そしてここから動物型因子を満遍なく利用して、人型アッシュは苦戦も無く討伐してる」
「やっぱり潜在能力が高い……。この様子だと、動物型以外にも因子を使い分けてるのかも」
「へえ~見ただけで分かるんだ?」
感心する佐奈に、エミは画面を注視しながら言う。
「あくまで直に感じた違和感があったってこと。ワーウルフとの交戦時だって、ものすごいネクタルフォースを内包してた。無駄な流れが無く、あんな能動的に力を振るえるってことは、少なからず植物型の因子も含んでるってこと」
「データよりも、肌で感じる部分が強いと得ね。そこに至るまで対策室、苦労してたのに」
「対策室は……人型アッシュを警戒してるのかな?」
「私たちの戦場を騒がしてる奴だし。何より上は、市民の目に触れられるのを阻止したいんじゃない?」
現在でも人型アッシュの捜索は密かに進められてる。エミもその一員として、時々こうやって本部に召集されているのだが、はっきり言って成果は皆無だった。
神出鬼没な上に、どんな仕組みか、ネクタルフォースを普段はゼロに近い状態に抑えているのだろう。
因子を遮断する技術でも有るのか……それともオンオフを切り替えられるというのか。
(もし因子をなんらかの作用で抑えているのなら、誰かの手を借りていることになるはず。それにこの、他人を巻き込まないための戦闘の運び方。やっぱりこのアッシュは……)
「なんだかさ、人間っぽいよね? このアッシュ」
「ふええ、ええ⁉」
エミがいきなり立ち上がるもので、佐奈も肩をびくりと上下した。
「ど、どうしたのよいきなり!」
「ごめんなさい。私も同じように考えてて、心を見透かされたのかなっ……て」
「この戦いぶりを見たら、自然にそう感じちゃうわよ。エミも、どうしてコイツが人間っぽいって思うの? もしかして――助けられたことが?」
「うん。この戦いにしたって、相手の弱点を突く学習能力。それに……この人型アッシュは、アッシュばかりと戦ってるってのが大きいかな。人を襲っている形跡とか、全く見せてないし」
「人知れずにやってるかもしれない。どちらにせよ危険なはずよ?」
「分かってる。けど認識を改めないと。この人がもしも……『人間』だったのなら――って」
「そんなこと……」
「あるわけねえだろ」
佐奈の声を誰かが途中で代弁した。
扉を引いて、割って入った暁は歯に衣をきせずにハッキリと断言。
「暁君……だけど私は」
「もしも人間だったらどうなんだ? 仮にそうだとしても、上は野放しになんて許しはしない。どんな事情があろうと、俺たちは間違いなく衝突する」
「そんなの許されるはずが無い……! そんなの酷すぎる!」
「そうだ、だから奴は”人間じゃない“。”人間であってはならない“んだよ」
暁に、いつもの気迫以上に幽幽しい空気が纏わりつく。
「エミ、これ以上の詮索はやめておけ。奴のことを知るのは力量だけでいい。お前のそれは不和を持ち込みかけない。そうなれば奴の討伐からは外れることになるぞ?」
激情が込み上げた。
暁の態度から――初めから自分の気持ちも意見も跳ねのけようとする意思が垣間見える。
暁にも、エミがどれだけ怒りを向けているのか理解していた。
互いに一歩も退かず――エミは黙ったまま、部屋を退出していった。
「今の言い方……なんだか剛山のおっさんみたい。貴方嫌いじゃなかったっけ? ああいう大人」
「アイツに危険な橋は渡らせたくはない。それだけだ」
佐奈は、一瞬だけ過る暁のエミに対する想いを邪推だなと振り払い、溜息を付いた。
「エミはお節介が過ぎる。だけど人として正しいはず。私も人間を討つなんて嫌だし……」
「だから言ってるだろ? アレはアッシュだ。紛れも無く……奴は」
「現実がそう思い通りにいくと思う? そのために私たちがどれだけ傷ついたか忘れた?」
「そうだな…………だったらさ」
お前だったらどう言っていた?
明らかにそう問う彼の視線に、佐奈は卓上で突っ伏して。
「可能性があるのなら……って思うのは、私があの子に対してあくまでチームメイトでしかない立場だからかな? 私は……そう思える家族い恵まれなかったから……」
「すまねえ、変な思いさせて。けどこれだけは言っとく。お前たちに無理はさせねえ……。もしも奴が人間で、上の奴らが倒すよう指示したのなら――俺がやる。お前たちのためにも」
「…………はあ~。どこまでも、我を行く兄妹だよね、ほんと」
願望さえ届かない現実で、少年少女は互いの信頼だけを噛みしめる。
昨日のことを思い返し、エミは下唇を噛む。
防衛局。そして暁の考えとして、それは国民を守るためと踏ん切りをつけるには、余りにも溝があった。時に最近の住民の命を危険な綱渡りに掛ける行為は、目に余る。
それでも……それでもここに居ることを選んだのは、やはり周りの人を守るために。
そして自分たちの命を救うために――と。
「もしも……自分たちが守るべき人が、人型アッシュの正体だったら……暁君はどうするの?」
そして私は――?
ふと、風の小さな息吹が頬の髪を撫で、同時に肌がざわついた。
「この感覚……」
エミは小走りで、僅かに見え隠れする気配を辿り、とある公園に立ち入った。
しかし感じたのはほんの一瞬で、瞼を閉じて感覚を尖らせても、もうすでに知覚できる何かは皆無。
小さく唸りながら、自身の感覚が鈍ったのかと考え込み。
「あれ? エミちゃん、どうしたの?」
ちょうど登校途中である、援と遭遇した。
援自身はキョトンと。
しかしエミに至る心境は、降り積もる疑惑が雪崩の勢いを増し、彼女の頬に汗が滴り落ちた。
「どうしたの? エミちゃん?」
「いえ、なんでもないです! 速く、学校行きましょう!」
彼から向けられる疑問を、取り繕った活気で押し通すが――。
共に通学路で歩む二人の足取りは、傍目からでは分からない、大きな溝を生みつつあった。
二人の人間が立ち去った頃――まるで見計らったかのように、公園の地中が小さく盛り上がり、緑のつぼみが顔を出す。
妖艶な光を灯して。




