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孤高なるギエン  作者: ホオジロ ケン
キャシテライト編
27/49

菜沙の過去と新城の予感

「私が生まれたのは、今や虚無に飲み込まれた、とある産婦人科病院……母の温もりに抱かれ、私はすくすくと先の未来に羨望を抱いていました」


「なんなの……その狂言回し的な言い方?」


「しかし明るい一家の未来は、各国の世界中で多発的に起きた原因不明の大災害『ブラックドーム』によって飲み込まれてしまいます!」


 菜沙なずなはハンカチで目元を覆い、フリップボードに描かれたお手製の絵を交え、紙芝居形式で自身の過去を語っていた。


「私の両親も為す術なく……。全てが暗黒。そして生物が生きて行くには余りにも厳しいその環境下で、母は私を救うためにある決断を持ったのです」



「環境の適応――そう、アッシュへの変貌です」。軽妙さから一変。



「母はその身体を植物のように変態させ、我が子を包み込みました。以後、自身に行き渡るはずの栄養素を子に分け与え、子供は母の体内で守られながら成長していきました」


「しかし……」と、次の絵をめくり、物語は佳境に迎う。


「本来ならば自身へと行き渡らせるはずの栄養素……。アッシュといえども、当然その身は徐々に衰弱します。母は子供を守るという本能に従い、唯一子が生きていける外の世界を目指しました。彼女の行動は無事身を結びます。が――」


 最後の絵に綴られる、物語の終着点。

 そこには人々が、枯れ果てた植物型アッシュの体内から子供を拾い上げる姿が描かれていた。


「彼女はもはや人から逸脱した存在。あらゆる攻撃に晒されながら、しかし体内の子には傷一つなく……。母は文字通り、その身を糧に娘を外へ送り出したとさ。お終いお終い」


「本当に、そんなことが?」


 たすくは唾を飲む。


「まあ、これは私の想像なんですけどね」


「ここまで長々と話していて、冗談で済ます気なの君⁉」


 つい立ち上がってしまう援に、車体の壁は容赦なく少年の脳天を揺さぶった。

 頭をさする彼に、菜沙は「いえいえ」と続く。


「半分は想像ですけど、そう思わせる根拠があるからこそ、物語ってのは生まれるんです。私が――植物型の体内から取り出されたのも。そのアッシュから女性の母体が有ったことも」


「それじゃあ、植物型は本当に菜沙ちゃんの……」


 これまでの話を掻い摘み、援は考える。

 自分とて自らの意思でアッシュになったのならば、ドーム内の住民も同じ。


(アッシュはやはり、何らかの『望み』で動いているのか?)


 新城は言う。当人たちの意思が、アッシュの行動へと直結させると。

 そうなれば、ただ敵としてしか見定めていなかった自分たちに対し、アッシュはどう感じていたのか――気になりかけたところで。


「ん? でもちょっと待ってよ菜沙ちゃん? 君が生まれてすぐにドームが出現したのなら、君って今何歳? あの事件は8年前だから、本当なら君――小学生のはずだよね?」


 結末は事実だと言うのなら、はっきりとした矛盾だ。

 何せ目の前にいる彼女は体格も、援の一つ下の学年でもあるのに。


「私って、健康に見えますよね?」


 菜沙はふっと息をついた。


「植物型アッシュの中で、どれだけ外の因子から隔離されても……数ヶ月もいれば流石に蓄積されていきます。供給される栄養だって元はアッシュですし、どうしたって影響はありました。私の成長速度は尋常じゃなく、生後数カ月で小学生並みに……」


「そんなことが……‼︎」


「でもこんな稀なケースのせいか、因子による細胞汚染も無く完全に私の細胞と共存しています。そのためにおじさんは、対策室に私のことは伏せています。きっとどんな成長を遂げるのか、期待しているんでしょうね〜」


 妙な距離感のある家庭に、援は眉間にシワを寄せる。

 ――と、車の移動が無くなり、目的地に到着した。




『先日、突如ショッピングモールに悲劇が起きました。謎の不審人物が大量の睡眠性薬物を散布。被害者数はおよそ140人に昇る勢いです。街の声からは”化け物が現れた“とも証言され、相手は相当な恐怖心を、住民に植え付けたと――』


 壁に張り付けられた大画面から、ニュースキャスターの声。


「おじさ~ん、先輩来ましたよ~」


「調子は良さそうだね? 何よりだ」


 僅かに頭を下げる援に、邪魔なテレビを消し去り、新城は本題に入る。


「さて援君。君は偶然とはいえ、因子によって導かれ、ここまで足を踏み入れた。君にとって急ぎ足のように感じるだろう。今一度見直す時だ。一体何が聴きたいのかね?」


「これからのこと、です。貴方が知っているブラックドームの全てを、教えてほしい」


 相槌を打ち、新城は後方にあったカーテンをボタン一つで収め、景色を一望。

 この市街地で一、二を争うビルの高さから、遥か遠くにある壁に想いを馳せる。


「世間の言うようにアレの解明は足取りにさえ至っていない。分かるのは、アレが孕む現状の危険性だけだ」


「でも貴方は、あの狼アッシュの危険性をいち早く気づいていた。僕が対抗できることだって……。全部、ただの予想で終わらせる気なんですか? 僕はそれを聴きたいんです」


 顎に指をそえ、関心と趣で態度が慎重になる新城。

 そして彼は、机の引き出しを開けて、ある箱を取り出した。


「私もアレの出現に最初は困惑したよ。しかし他の人々とは違い、予見はしていた」


「この物品は、それを示唆する物だよ」――箱の中身を晒す。


 先端は尖り僅かに曲線を描く、掌サイズのナイフに似た岩石。

 年季で土くれや不純物が付着し、元々白色であっただろう物品はあらゆる意味で濁っていた。


 しかし反面、“黒く塗りつぶされた面積”は、まるで宝石のような眩きを放つ。


「遥か昔……巨大な生物たちがのさばっていた時代の物だ。これはある生物の歯に当たる」


 援はまさかと、考えた。


「これって……”恐竜“ですか?」


「流石男の子、ロマンには敏感だね~。これはアロサウルスの化石だよ。と言っても、この歯の持ち主は当時果たして、アロサウルスと呼べる存在だったかは甚だ疑問ではあるがね」


「それじゃあ、この黒い部分は⁉」


「ああ……『黒蝕病』だよ!」


 まるでおもちゃを自慢する子供のように、新城は続けた。


「ネクタル因子は遥かなる時代にも、存在していた。延いてはブラックドームなるものもね」


「……ドームの出現は突然。どんな時代であっても……。だけど、どんな規則性でこんな」


「この星は試しているのではないかね? あらゆる種が、因子によってどんな道を辿るのかを。言わばブラックドームは、地球が生み出した『促進剤』。地球は我々を、新たな進化の道に至らそうとしているのでは――と」


「おじさん。根拠も不十分なのに、またそんなこと言って……」


「菜沙ちゃ~ん、ロマンは大事だよ。夢や願望こそが我を強くする。私も、この化石に巡り合えたからこそ、この会社をここまで大きくすることができたのだ。『黒蝕病』の作用は、恐竜の細胞を長い年月の間保っていてもくれた。まさに古代が生んだタイムカプセルだよ! おかげで因子に付いても、誰よりも速く研究できたからね~‼」


「それじゃあこの部分の黒蝕病は、今も生きて?」


「活動は休止しているが、あくまで“寝ている”だけだよ。ネクタル因子によって影響を受けた細胞は、時にウイルスのように結晶化し、無機物と化す。君にも備わっているよね?」


 細胞の硬質化。

 当てはまるとすれば、援が作り出す刃物のような、あの武器だろう。

 確かにあの力は、3種ある因子の力の一つ。だとするならば――。


「新城さん。アッシュにはそれぞれ特化した能力がありました。狼は赤の因子の力を。この前の植物は、緑の因子。それじゃあ青の因子のアッシュも」


「ああ、存在する。世界でも出現記録はたったの二回。しかもどれもドーム周辺で出現し、交戦に至らず帰っている。未だ日本に出現した事例は無いが、恐らくアッシュの中でも極めて特殊な位置に居るだろう。何せ彼らは……生物と言えるのか定かではない」


「生物じゃない……?」


「ウイルスとてそうだろう? 発見されて永らく、有機物なのかそれとも無機物なのか議論され、曖昧な境界線上を行き来している。恐らく“鉱物型”もね」


 個体それぞれで習性も、戦い方だって違う。交戦記録も皆無では対策のしようもない。

 再び窓の遥か向こうの壁を見据え、新城は告げる。


「ドームは我々を試す。同時に、自身の大地で育った子の巣立ちを待っているのだよ。どれだけ人類が囲いを築こうとも、脅威は拭えはしない」


「精進したまえ、援君」――新城は最後にその言葉を託すのであった。

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