人の名残
連続で繰り出される、無数の剣筋。
佐奈はヴァレリアンの触手を微塵に切り落としながら、バク転で後方へと距離を置く。
「エミ、お願い!」
「うん!」
エミは武装のトリガーを引いた。
ワーウルフ戦では寸前で回避された一撃が――今回は見事にヴァレリアンの胴体を貫き、爆散。
相手の細胞が残骸の雨となって、高台へと続く車道に降り注いだ。
「焼却準備に取りかかれ! 奴の細胞は一片たりとも残すな!」
白い防弾服に身を包む組員が、ヴァレリアンの肉片を小型の火炎放射器で火やぶりに。
エミはガスマスクを外し、額の汗を拭う。
「撃った反動がものすごく強い。これは明日、筋肉痛になってるかも」
「動物性因子の力。確かに身体が異様に熱くなる……。威力は高いけど、長時間の運用は明らかに毒だね、コレ」
佐奈の額にも嫌な汗が吹き出し、武器の稼働を停止させ一息を付く。
「でも、今回の敵はチョロくって良かったね〜。またあの狼みたく、化け物だったらと思うとさ」
「だけど、あのアッシュ。一直線にこの先の森を目指してた。もしも住処を望んで行動してたとしたら、もっと厄介なことになってたかも」
「あの人型アッシュとの戦闘を見る限り、そうかもね〜」
直前で送られて来た映像から、ワーウルフ以上の怪物になっていたことも否めない。
通信先から、暁たちグループも事態を収めたと朗報が入り、三人の肩の荷が降りるのだが。
エミは途端に立ち上がる。
「そう言えば、あの人型アッシュが現れた所!」
「ああ、確か他店が密集している所だったよね? 遊びに来てた人はお気の毒だね〜」
「実は今日、あそこで友達と会ったの! それで‼︎」
「そういうことか。心配しなくても、死傷者は出て居ないようだし、心配なら電話とかしてみれば?」
「ああ、電話か……。実はその、ここ数年は余り一緒に遊んだりもしてなくて」
「電話番号も知らないとかウッソ! それで友達って言える⁉︎ あ痛い痛い! 脇腹つねらないで!」
佐奈がレイラに粛清を施す中で、一同に次の指示が飛ばされた。
「フローラチルドレンに帰還命令だ。身体のフィジカルチェックもあるから、急ぎ本部まで帰還を、とのことだ」
「エミ。心配だろうけど、明日は我が身よ。私たちだって、何が降りかかるか分からないし」
「うん……分かった」
彼女たちは素直に応じて、退散していく。誰もが事の良好に疑念を抱かないまま――。
エミは一人、出現した人型アッシュに抱く疑義が形となり始め……かぶりを振った。
夢を見ていた。
まだ自己の存在にすら気づかない――そんな時期だからこそ、唯一覚えていた記憶だった。
まだ父と母が、仲が良かった頃の。
よく父は我が子相手にピアノを弾いて歌ってくれた。
それが父親の夢であり、誇りであり――。
(いつからだったかな……父さんが弾かなくなったのは)
ふと湧いた疑念が、少年を現実の世界へと引き戻した。
「ふんふふん……ふんふん……」
誰かの鼻歌が、少しずつ鮮明に鼓膜を揺さぶって、援は意識を回復させた。
「あれ……菜沙ちゃん?」
「あ? 起きましたか先輩、心配しましたよ」
「いや、そうじゃなくて。何をやってるの?」
彼の視線の先には、少女の見下ろされた青い瞳。
そして自分がどんな状態に置かれているのかを把握した。
「何って、膝枕ですけど?」
「あ、あの! 僕はどうしてこんな状態に?」
「植物型アッシュを討伐した後、疲れ果てて倒れたのを発見したんです。ですので迎えが来るまでは大人しくしてて下さい」
「植物型アッシュ……そうだ! まだ他の個体が⁉」
「もう〜だから寝てて下さいよ」
起き上がろうとする傍ら、菜沙によって膝の上に引き戻される援。
彼女は事の顛末を説明し、事態の終息を知らせる。
「あっ君たちが? そうか……これ以上の被害は抑えられたか……」
安堵する援に、菜沙は唇に指を添えて唸った。
「ん〜でも、やっぱり何か引っかかるな〜。植物型が生息範囲を広げようとしたにしても、わざわざブラックドームから、そんなに遠くない近場で始めようだなんて……」
植物型の行動に対して何かを含ませる物言いに、援は小首を傾げる。
「植物型は、『人』を取り込んでいなかった。あの狼のアッシュならまだしも、アイツらにそこまでの意思は無いはずだよ? 菜沙ちゃんは何をそこまで深く考えて……」
「何を言ってるんですか先輩。植物型だって、ちゃんと『感情』はありますよ?」
「感情って……それじゃあ、何を媒体に?」
「少なからず、彼らの細胞にも確かな”名残“が存在します。『人間の遺伝子』ですよ」
僅かに思考の波を荒立たせ、援は上体を起こして向き直る。
「それって一体……どういうこと?」
「科学的にはまだ解明されてはいませんが、新城おじさんはこう考えています。『ブラックドームは種族の垣根を超えて、進化を模索している』って。あのアッシュもまた同じ。人間が直接変異したものなのか、はたまた植物が人の遺伝子を取り込んだのか。一節の仮説、で、す、が――彼らの意思を、裏付けてくれる証拠も一応あります」
菜沙はにこやかに、端的な答えを提示した。
自分の方を指差して――。
「何せ私、植物型アッシュに育てられてましたから」
ブラックドーム隔壁防衛室、第三セクター。
いくつかの区画に隔てられる防御壁の要塞は24時間、常備人の手により監視されていた。
アッシュによる襲撃。ドーム内からの汚染物質、並びにネクタルフォースの流出遮断。
特に昨今の市街地戦闘を鑑みれば、彼ら対策室の人間も相当神経を過敏に働かせていた。
「“また”ですね?」
「ああ……」
司令室の数十あるモニター画面の一つに、司令官である大田、その部下一名は身構えた。
送られて来る映像は監視カメラではなく、壁周辺に備えられた音響受信装置の振動。
画面に描かれる音波の波長が、今朝から捉えて鳴り止まない。
「鳴き声のような……しかし二分半おきに一定してループしています。全く同じ音程で」
「誰かが曲でも流してるっていうのか? そんな馬鹿な……」
部下が項垂れて、軍用ヘッドホンを深く当てる。
鼓膜を揺さぶる、ピピピピ! といった電子音。
刻まれるリズムは、確かに下手な口笛のようであり、今まで一度とてない事例であった。
「一体中はどうなっているんだ……?」
暗く、閉ざされた世界の先で――静かに息づく住人は時を待つ。
自身の土壌が育つ、その時を――。




