ヴァレリアン
のっそりと歩を進めていた植物型アッシュが、ふと音に反応する。
倒れた母親に寄り添う、子供二人の悲鳴。
それを前にもう一度、緑色の光を頭の花々に集結させる。
くねくねと柔軟に身体を揺さぶって、また睡眠作用の成分をばらまこうとした。
「うおおおおおおおおおおおお‼」
しかし自身の胴体が、何かの強い力で引き寄せられ――雄叫びと共に、投げ飛ばされる。
援は一度、唖然とする子供たちに目をやり、怪我がないことに安堵した。
(ここじゃあ人に被害が及ぶ。どこか適切な場所を)
「先輩~! その先に工事中の開拓エリアが有ります。そこなら人は居ないかと!」
菜沙の指の先、立ち入り禁止の看板が映る。
援は立ち上がろうとする植物型アッシュを、両腕で強く掴み上げる。
はじけるタイルの破片を散らばせ、工事エリアへと突っ込んだ。
盛大に看板や、囲っていた壁を突き破り、二体の怪物は地面へと転がる。
周りは、積み上げられた状態の鉄骨やクレーン車両が数台。コンクリートに覆う前の土が剥き出しとなっており、周囲に人気は無い。戦う舞台は整った。
植物型の動きは遅く、援はすかさず立ち上がって、追撃を試みた。
前蹴りが、相手の身体をいとも簡単に吹き飛ばす。
(コイツ……)
さきほど投げ飛ばした時にも過った疑念が、徐々に形となり始める。
(確かに被害は馬鹿にできないが、戦闘力に関して言えば全然弱い)
菜沙が対策室だけでも対処できると言った意味を含めて援は拳を握り、腕の結晶を不定形なエネルギーに変え、スライサーへと構築。
彼はジャンプで大きく振りかぶりながら、相手の天辺を捉えた。
青い軌跡の残光が、植物型アッシュへ降り注がれ――。
相手の身体は、通過した残光の断面を晒しながら、綺麗に二つへ別れていく。
あまりの呆気なさに、二度、三度遺体を蹴り、反応が無いことを確認。
(これなら駆逐に時間はかからない。他の個体はどこへ……)
感覚を研ぎ澄ませて、ネクタル因子の気配を追う援。
すると――自身の直感に、膨れていく気配が一つ。
「ん⁉」
真下からであった。
援の立つ大地の土から、何重ものツタが彼の身体を覆い、拘束する。
(死んでなかったのか⁉)
腕の凶器で纏わりつくツタを切り裂いていくが、相手の増殖は止まらない。
次から次に、広範囲に身体の一部を生み出して、周りは奴のテリトリーに変貌していた。
腕のスライサーへネクタルフォースを集結させ、生み出した赤い衝撃波は、ツタを広範囲にちぎり取り、自身の身体から強引に引きはがしていく。
ばらばらになったツタが、溶解したようにオレンジの熱に苦しみもがき、地を這った。
しかし束となって強靭になるツタが、地面から突き出され、曲線を描いて援に迫る。
回避に成功するが、また地面へと潜って別の位置から追撃していた。
「コイツ、どんどん大きくなってる」
空中から着地した瞬間を狙い、援の足元から鞭となって身体を覆う。
緑の生きた拘束具は、微塵も反撃を許さぬまま、全身を縛り左胸へと迫りくる。
(一体何を)
先端付近を尖らせて、植物は援の身体へと侵入。
皮膚を貫き胸のギア中心地に向けて、続々と総量を増す痛覚に、援は悶えた。
植物の内部からは緑色の光が、体内から次々に吸い出されていく。
(僕の因子を吸って――このままだと確実にまずい!)
腕を振るおうとするが、ピクリともしない。
ネクタルフォースに関しても、まるで舵を失ったようにエネルギーの流れを乱され、身体の至る所に赤の輝きが駆け回っていく。
次第に体温が沸騰し、危機感を募らせていく。
「くっ⁉︎」
そんな体力がいたずらに消耗していく中で――不意に一本のツタが自分から嫌がって皮膚から離れていった。
見れば、先端部位がオレンジ色に溶け、次第に活力を失速させていく。
「これってまさか」
ふと降りて来た予覚を、援はすぐさま実行へ移す。
粗末でもいい――自身の因子を、植物型アッシュへと自ら流し込んだ。
瞬間、触覚は続々とその身を焦がし、退去していく。
(そうか……コイツらが体内に留められるのは、自身と同じ『緑』の因子だけ。僕やあの狼のアッシュのように、『赤』や『青』のネクタル因子を扱えるわけじゃない)
普段から戦闘に用いられ、単純な利便性やパワーを生み出す赤いネクタルフォース。
身体の組織を結晶化させ、硬質な武器へと変える青いネクタルフォース。
そして緑のネクタルフォースは、恐らくエネルギー消費の代謝を支援し、長時間戦闘を維持する役割を持つことを、援はおぼろげながらも理解。
(エンジンとなる動力を持っていなかった故なのか……とにかく対策法は分かった)
苦痛にもがく植物型アッシュへ、援は腕のスライサーに赤いネクタルフォースを纏わせ――。
「一片残らず、刈り尽くす」
彼の斬撃に、植物型アッシュは為す術なく駆逐されていった。
午後6時半。
事件発覚後から一時間半を伴って、対策室はようやく重い腰を上げていく。
対象は二体。同型の植物型アッシュ。
『奴らは出現ポイントから、余り距離を離していない。やはり動物型よりも活発ではないな』
「動きを理解しておきながら、ここまで時間を掛けるのもどうかしている! 結局、上はどういう理屈で俺たちを使うよう指示したんだよ⁉」
『単純だ。奴らの弱点を把握し、速やかに実行できる部隊が君たち、というわけだ』
「弱点って……一体どうやって分かったの?」
現在、フローラチルドレンは二手に分かれて行動。
各個撃破のため、暁、アリス、誠司の三人。もう一組はエミを先頭に、レイラ、佐奈とチームを組んでいた。
揺れるバンの中で、通信の先に居る剛山にアリスは質疑。
『新城会長からの言伝だ。どうやら、人型アッシュの交戦記録から割り出したらしい』
「なに⁉ じゃあ一体はもう!」
『ああ、奴に討伐された』
予想以上の手際に、一同は相手のポテンシャルを再確認――。
いやそれ以前に、問いただすべき難点はいくつもある。
「あの野郎……また市街地に。一体潜伏先はどこに有るんだ?」
『我々の方でも目途が立っていない。何せ、植物型アッシュ――呼称『ヴァレリアン』の追跡中に突如、奴のネクタルフォースが検出されている』
「追跡は、どうなったの?」
『それも忽然と姿を消した。神隠しのようだよ』
一同は眉を歪ませ、ふと誠司はアッシュ以外の疑問に顔を上げる。
「っていうか、そもそもな話なんすけど。新城会長が人型アッシュの戦いを記録して、弱点を知らせたんすよね? 神出鬼没な奴の戦闘を、どうやって嗅ぎ分けてきたんすか?」
「せいっち。アンタにしては……最もな部分に気づいたね……⁉」
「ちょっと待ってほしいっす! どうしてそこに驚愕するんすか、アリスちゃん⁉」
『詮索は後回しだ。もうすぐヴァレリアンとの戦闘域だぞ』
やがてバンの車が、静まり返った街中で停車。
お得意の情報操作で、町内に不振人物が現れたと呼び掛けたとあり、市民の影は無い。
空が徐々に暗闇に覆われていく中、彼らに工作員の大人たちが駆け寄っていった。
「これから駆除に関してだが、我々が見られないよう偽造工作をするにしても、住民が見ていないわけではない。敵アッシュの能力も考慮して、諸君にはこのマスクとフードの着用を」
各々に手渡される、ガスマスクと作業用の黄色いフード。
こちらが不審人物に思われないか不安ではあるが、これも任務。彼らは割り切り、着用した後に工作員の案内の元、ネクタル系数値の発達区画へと足を踏み入れる。
場所は開けた公園。都合良く周囲は柵で覆われ、立ち入る人間も見られる心配もなし。
そして――植えられた落葉樹の側でそいつは居た。
彼らは各々の武器に、いつもとは違う『赤い』筋の光で、武具のフォルムを照らしていた。




