援の戦うべき理由
取り巻く不穏な現状に、援は椅子から立ち上がる。
「三体⁉ 一体どうしてそんなに!」
『ワーウルフがドーム内から持ち込んだのかもね~。アレも相当特殊な個体だった。ネクタル因子の代謝を、植物型と共存する形で克服していたとすれば、一緒に連れていた理由も頷ける』
「被害は⁉ 街はどうなってるんです⁉」
『病院への連絡が鳴りやまない状態だよ。数百人規模の人間が昏睡状態。十中八九、植物型から散布される成分だろうね~』
援は下唇を噛み、憤る。
被害が現在進行形で量産されているなら、対策室がどう動こうがすでに後手だ。あちら側も、実際に動き出すまでにどれだけ時間を要し、被害が拡大するか。
「先輩、植物型は対処案さえ見出せば、駆除に時間は掛かりません。対策室に任せましょう」
「だけど菜沙ちゃん! こうしている合間にも被害者は⁉」
「それじゃあ戦いますか? さっきまであんなに悩んでたのに」
援は途端、勢いにブレーキを掛ける。
「もし今から先輩が駆け出しても、奴らは市街地。当然人の目にも触れられていることでしょう。その上で、一般市民の前に怪物としての自分を晒す……。先輩にありますか? その覚悟」
「……………………」
数秒の沈黙――彼の心中で目まぐるしい論争が起こった。
被害を食い止めることと引き換えに、街を更なる混乱へ陥れる。
駆除以前にも敵アッシュの位置が分からなければ、下手に人の目にも触れる。単独での行動は、あらゆる意味で援の行動を縛り、制限していた。
『思案中で悪いんだが、悩むのなら他所でやった方がいいぞ援君』
しかし事態は、援の意思など待ってはくれず。
スマホ先の新城の声に被せて轟いたのは――悲鳴だった。
『どうやらそのうちの一体が、君らのところに紛れ込んだらしいね』
もう考えてる暇など放棄し、援はとにかく駆け出していく。
騒動の中心――逃げ惑う人波を逆流し、それを見た。
なんとも形容しがたい、奇形の怪物を……。
動物で例えるならば、人の姿に近いだろうか……。
身長も大体180前後のアッシュで、身体全てが緑の茂みに覆われている。
植物のツタが触角のような動きを取り。巨大な葉っぱが左右に二本――捻じれながら伸び縮みする様は腕の部位を連想させる。
移動に至っては、下半身から束となって集結する茎の足が四本で身体を支え、頭に当たる位置は綿毛のような小さな花が集合し、開花している。
花の一つ一つが、ネクタルフォースの光を帯びて、ぎょろぎょろと周囲を観察している。
「アレが、アッシュ……?」
「そうですよ、『植物型』です。見るのは初めてですか?」
援は唸る。
「……妙な感じだ。あの狼みたく危険な気配を感じない。それになんというか無機質で、アレの中に『人』が居るようには感じない」
「的中です。植物型の中に『人』は居ませんし、動物型よりもネクタル因子は少ないです。でも、植物型の脅威は言葉にするには面倒ですよ」
民衆からのカメラのフラッシュに反応し、アッシュは行動に出た。
花びらから放たれる緑色の光が、雄蕊付近へと引き寄せられ、黄色い粒子を散布する。
霧のように周囲へ渡り、距離を放して傍観する人々は、訳も分からず飲み込まれた。
咳き込む人々が徐々に地面へと身体を預けて、やがてぴくりとも動かなくなる。
「まさか因子の散布を⁉」
「いいえ、おじさんの話では、神経に作用する――睡眠要素の成分を散布しているだけですよ。アレに因子は含まれていません」
「でも……危険なものには間違いないんだよね⁉」
事の重大さに、人々は逃げ惑う。
アッシュは成分の散布を取りやめ、再び移動を開始。
(どうする……⁉ 僕は、どうすれば!)
先ほどまで抱いていた自身の存在が捻出されていく。
死に起因させる狂暴性を発揮させていない分、ワーウルフよりはマシなのかもしれないが……相手は未知の存在だ。その点だけで言えば、ワーウルフよりも素性が見えてこない。
「目的が分からない……! 『人』が居ないとしたら、植物型ってのはどういう行動が起因してあんな!」
「アッシュの行動自体、一貫性すら分かっていませんからね~。ですがそうですね。あえて私の予想として、一つ言えることは……『自分たちの成長に適した住まい探し』でしょうかね」
聞いて、援の頬に汗が流れる。
「すなわちそれって、数がまた増えちゃうってこと?」
「かもですね」
一匹でも見逃せば、また目の前の光景が繰り返される。
脅威は絶え間なく。
そこでふと、援の視界に親子が映り込んだ。
(アレ、は……)
二人の子供が、親らしき倒れた大人の方へと駆け寄り、意識の無い身体を揺さぶっていた。
怪物が近くに居ることも厭わず。
遠すぎて声までは届かないが――彼らの抱く心情は容易に察せられた。
8年前のあの頃の、自分の姿が容易に重なって。
「先輩。やっぱり先輩の『根源』はそこにあるんですね?」
振り返る援に、菜沙は躊躇うことなく。
「先輩のそれは正義感からくるものじゃない……。私を助けた時も、先輩は私に重ねていたんでしょう? ”自分自身“を」
「……どうして、それを」
援の戦う根底にして、最も脆い部分を、彼女はことも投げに見抜く。
援とて気付いていたのだ。自分が取る行動が、どれだけ歪だったのかも。
不条理に会う被害者に、かつての――父に見捨てられていた自身の境遇を重ねていただけ。
『共感性羞恥』――他人の失敗を自身の失敗のように思ってしまうような……。
言ってしまえば彼の行動は、過去の自分を誰かに救ってもらいたかった――行動の表れ。
「先輩は私と、『同じ』ですから。私の姿なんて映ってないってことぐらい、気づいてました」
「それで…………。君は」
気づけば口元は震えていた。
できれば聞きたくはない。だがこれから訪れる自分の決断に対し、命の責任がそこにはある。
背負うのならば、逃げてはならない――と。
「君は……僕の勝手な屁理屈紛いの……偽善かもしれない行動を、許せるの?」
菜沙は、笑って。
「偽善かなんてどうでもいいんです。私は嬉しかったですよ? 先輩に助けてもらって……」
深く息を吸い、援の顔から迷いが消える。
「ありがとう菜沙ちゃん。危ないから下がってて」
ギアを手に取り、彼は左胸に当てがった。




