思わぬ誤算
「まさか、またここで援さんと会えるなんて、思ってもみませんでした。もう兄も一緒には来てくれなくなってしまったもので」
「そうだよね。僕もここへ来るのは数年ぶりぐらいだったから」
外に配備された丸テーブルから、援は行き交う人々の風景にかつての自分たちを重ねた。
確か小学生の頃に、エミの両親同伴の元、暁と三人でここらを駆け回った。
色んな店を回りったり、観覧車で夜景を一望したり。
「今でもここに訪れちゃうと思っちゃいます。一日でもいいから、あの頃に戻れないかなって」
「そうだね」
ほんのり寂しげに言うもので、援もまた小さく肯定する。
「ブクブクブク……!」
――――が、はたからムードを壊す不協和音が一つ。
菜沙がストローでジュースを泡だて、不機嫌を隠さずに半眼で二人を睨む。
「あの、菜沙ちゃん?」
「先輩、時間ってのは時々刻々と流れていくんです。どれだけ想い巡らせようとも、それは胡蝶の夢から来る誘惑。今更過去に夢を馳せようとも、終わったものは戻ってきません」
「どうしたの……? なぜ、昔話をしているだけでそんな……」
「朴念仁! 先輩のアホ! アホ‼」
「きいいいいい〜!」と、白い歯を見せて菜沙は怒りを噛み締める。
「それにしても、菜沙さんが援さんと仲良いなんて、思ってもみませんでした」
「そっか。エミちゃんと菜沙ちゃんは同い年。ということはクラスも?」
「はい。転入ともあって、最初は何かと会話を持ち掛けたんですけど……」
遠慮がちにエミはチラリと視線を差し向ける。
菜沙は鼻を鳴らして。
「私、一人の方が何かと気が楽なので。あんまり同年代と喋ることもありませんし」
「バッサリだね。それじゃあ学校では大人しいの?」
「ええ、まあ……」
だからこそ目前で、援に対して態度を緩和させる菜沙に、エミは目を丸くする。
対して援は活発に絡んでくる彼女しか知らないために、意外な一面だと垣間知る。
「でもちょっと嬉しいかも。転入してまだ慣れないことが多いはずだったから、援さんのように頼れる人が側に居れば、私も安心できますし」
「私、貴方に迷惑掛けた覚えないんですけど~……?」
「誰にも頼らないのは器量が有るかもだけど、でも心配だよ。最近は何かと物騒なんだし」
ただひたすら、知人に心配の念を飛ばすエミ。アッシュ討伐の際に、住民を第一に優先していた彼女だ。裏表の無いお人好しはエミの本質的なものだった。
しかしだからこそそれが気に食わないと言いたげに、菜沙は意地悪い笑みをする。
「でも貴方も謎だよね? 授業中とか、教師に呼び出されてそのまま居なくなっちゃうし」
「そ、それは」
軽く動揺で、エミは肩を強張らせる。
「本当に謎だよね。体調を崩してるわけでもないし……もしかして学校側と賄賂的な――」
「菜沙ちゃん」
援からそれ以上は、と厳しい視線で釘を刺され、途端にしおれるように口を閉じる。
「せっかくのデートだったのに……」。小言は風に流れ、援には届かず。
――と、エミのポケットから電子音が響いた。
(この音、秋昌おじさんと同じ着信音?)
「あ、ごめんなさい、二人共! ちょっと急用ができちゃったみたい! 速く行かないと。名残惜しいですけどまた今度にしますね。じゃあ菜沙さん、また学校で」
エミは駆け出し、菜沙は軽く手を振って。そして額の汗を拭い、やり遂げた表情。
「めんどくさい相手に遭遇してしまった。けど耐えぬいたぞ私!」
一体何と戦っているのか分からない後輩を横目に、援は目線を細めて。
「菜沙ちゃん……新城さんに連絡取れる?」
「え、どうしたんですか急に?」
真剣な様相の彼を前に、菜沙は質問を引っ込め、スマホで新城の番号をタッチ。
コール音は三度目を待たずして繋がった。
『やあ菜沙ちゃん。援君は一緒なのかな?』
「その言い分ですと、何か知っているようですね」
開口一番で自分を名指しする相手に、予感は的中だと確信。
『君もなかなか鼻が利くようだね。それで何から聞きたいのかな?』
「今しがた、エミちゃんが走り出していきました。もしかして――アッシュの襲撃ですか?」
『ふむ……まあ、そんなとこではあるのかな?』
煮え切らない発言に聞き返す手前、新城は思いもよらない事実を、すらりと提示した。
『少なくとも「三体」……どうやらアッシュが市街地に出現しているようだね』
対策室本部、研究部署。
白衣のまま、秋昌は電話先の剛山と共に焦り、自身の車を走らせる。
「“植物型”が三体⁉ 今朝の空き家からか⁉」
『フゼンマ市の二丁目……ワーウルフが潜んでいた地域です。恐らく奴が起因で植物型が生まれたものと推測しています。空き家はすでにプラントと化していたため、焼き払いました。個体はそれぞれ別の方向へ散開中です』
「薄氷を踏むようなものだ! 奴らは一匹でも別の地で繁殖できる!」
『しかし部隊を出動させようにも市街地では目立ちすぎます。特にフローラチルドレンはアッシュと同義のトップシークレット。上はそこで対応をこまねいているようで』
秘密裏に動いて来た部隊が、ここへ来て足並みを崩していく。
そこには突如出現した植物型アッシュに、ワーウルフで立案された作戦系統が当てはまらないことも原因の一つであった。
「判明している時点で、植物型にエネルギーの枯渇は無い。奴らは太陽光や大地の養分からでも、因子の代謝を補い合う。動物性と比べれば活発な破壊活動はしないが……問題は『毒』だ」
『植物の繁殖性、アルカロイド系列の成分や毒性の分泌液等、個体によって様々な脅威を抱えている――下手に殺せば、周囲をネクタル汚染で巻き込む可能性も』
扱いを間違えれば、事態の隠蔽難易度も跳ね上がる。市街地ともなれば尚のこと。
「せめて奴らの特性は把握していないのか⁉」
『家を調査していた人間の症状の結果、一種の神経作用を鈍らせる成分であり、軽い睡眠状態に陥らせる能力を持った個体だと思われます。今のところ被害で死人は出ていませんが、吸い続ければ危険です。常備ばらまいてるわけではなく、しかしどうやら、危害を及ぼす輩に対しては、防衛的に放出しています」
(なんてことだ! 援君にああ言った手前で、こんなことに……⁉︎)
数の多さ。隠ぺいの見通し。
目的の見えてこない敵に対し、対策室は対処に乗り出せぬまま……時間だけが浪費された。




