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孤高なるギエン  作者: ホオジロ ケン
ワーウルフ編
16/49

救出と絶望

 ワーウルフの欠如した巨腕の皮膚が、ブツブツと沸騰したようにもり上がる。

 再生の兆し、ではない。対峙するたすくには分かった。


(力が高まっていくのを感じる。 もうなりふり構っていられないってことか)


 周囲へ僅かに意識を伸ばし、援は兵士が徐々に距離を離しているのを感じ取る。


(巻き込むわけにはいかないが、更に外は住民に危害が及ぶ。やはりここでやるしかない……)


 守り切れる自信が完璧であるわけでもないのに、普段と反して彼の思考は落ち着いていた。

 怒りを忘れてはいない。対峙する今でも、静かな激情の川は確かに流れている。

 それに溺れることなく、怯えることなく、彼がそうある理由はたった一つ。


 戦える――誰にも縛ることのでき無い、確かな力がこの手にあるからだ。


『ごああああッ‼』


 ワーウルフの皮膚が赤いネクタル因子の炎を纏い、援へと突っ込んだ。


 真正面で、二つの怪物が衝突。


 背中から突起する巨腕の拳を、援は真正面から受け止めた。

 援の首筋に歯を立てるために、流れるように攻撃を企てるが――ワーウルフの視界が突然上下逆さまの世界へ変わる。

 援が巨腕に自身の腕を絡め、背負い投げの要領で地面へと叩きつけたのだ。

 更に振りかぶって来る援の攻撃に、ワーウルフは危機を察し、巨腕にエネルギーを送り暴発させた。

 対象に狙いを定めた攻撃とは違い、乱雑な技だ。援に当たることは無かったが、彼の攻撃は中断され、地面のコンクリも破砕する。

 援が小さく後退し、ワーウルフは全力で距離を取り、巨腕に力を溜め込んだ。


(またあの攻撃を……これ以上の好き勝手させるわけにはいかないな)


 援の意思に、身体の細胞が呼応する。

 右腕にある、結晶のように硬質化した一部の皮膚が青みがかった色を灯す。

 徐々にその面積を広げ、炎のように不定形なエネルギーとなって纏わりつく。


 そして援が力を込めた瞬間、揺らめくエネルギーは結晶へと戻り、固定された。


 ナイフの如き鋭利な形状となって。


『があああああ‼』


 放たれた赤き破壊の暴風。

 援は右腕に生まれたスライサーを薙ぎ払い、自身も同様に小さな衝撃波を放つ。


 ワーウルフの攻撃はものの見事に両断された。




 商店街を出た一行に待ち受けるは、何度も吹き荒れる、ネクタルフォースの風切り音。

 フローラチルドレンの面子は、戦闘の激化に瞬きすら忘れさる。


「あのアッシュ……ワーウルフに攻撃されながら近づいてる……」


「私でも受け止めるのに精いっぱいだったのに」と、レイラは驚愕。


「今まで戦った、どのアッシュとも、基礎能力が違う……。動物型なら、消耗はしないの?」


 アリスが横に居るエミに問うが、彼女は首を振り。


「分からない……あのアッシュも、ワーウルフと同じ。どこからかエネルギーを蓄えてる。それに、あの人型アッシュから放たれるネクタルフォースは一種だけじゃないの……。全く違う因子の波長も感じられる!」


「どれだけ推察しても、奴の弱点に辿り着けそうにないな……。だが戦いに釘付けになってる今がチャンスだ! 俺たちはスーツを取りに行く! 戦場を突っ切るぞ‼」


 フローラチルドレンは、横転した車や散らばる瓦礫を盾に移動を開始する。




 連続して襲い来る光の斬撃に、援は何度も切り払う。

 小出しで攻撃していたワーウルフも、疲弊で攻撃の雨に陰りがきた瞬間――。


 援は脱兎の如く、地面を蹴りつけた。


『がっ……あぐっ!』


 援の向かいくる結晶の刃を、咄嗟に巨腕を盾代わりとして受け止めるワーウルフ。

 ギリギリと、皮膚を割いていく援の凶器――そして……‼


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお‼」


 彼のネクタルフォースが刃に集結し、一気に解放された。


 至近距離からのエネルギーの斬撃は、ワーウルフの巨腕を切り裂き、胴体にまで届きえる。


『グぎゃあああああああああああ⁉』


 ごとりと、体の一部が地面へ落下し、割かれた皮膚からエネルギーの粒子が血しぶきのように噴出した。

 やがて悲鳴がか細く消え、口の端から泡を噛むワーウルフ。


「母さんを……返してもらう!」


 開かれた傷口に援は手を突っ込んだ。

 暗く、何処までも深い暗闇に、彼の視界は一つの光を捉えていた。


 ワーウルフのネクタルフォースを制御する、力の中心地。


 何かを掴み、援はワーウルフを蹴り飛ばして引きずり出した。

 援が握っていたのは、誰かの手。

 人の身体を繭のように覆う黒い肉片を払い除け、ようやく目的の人物と再会した。


「良かった……母さん」


 ゆっくりと手のひらを頬へ添え、援は肉親の体温を感じ取る。



 ……………………そこには何も感じられなかった。



 感じるべき体温も――あるべき心臓の鼓動も――。


「母、さん……?」


 変わり果てた援の腕は、小刻みに震えていた。


 母の身体は生気が吸いつくされたように、白く……。

 長年彼女を蝕み続けた黒蝕病の痕も無く。

 それらが意味するところとは――。


(嘘だ……)


 血の脈動の止まった冷たい手を握り、彼の時間さえ止まりかけそうになるその時。

 

 

 握っていた母の手が、まるで灰のように崩れ、サラサラと援の手からこぼれ落ちていく。

 


 やがて身体も、そして母の顔も――その全てが……。


「……………………」


 倍速で追うかのような生の終着点は、残酷な速さで援を置き去りにした。

 肉親であればなお、理解する以前に思考は放棄する形を取り。

 だからこそ、援は気づくことができなかった。


 ワーウルフの凶撃を。


「……がぐっ⁉」


 自分たちに何かの影が重なるや、援の胴体、真正面からワーウルフの爪先が食い込んだ。

 皮膚を抉り更に奥へと、攻撃は背中まで貫通。


「ああ、ぐあああ⁉」


 援はワーウルフの腹に前足を添え、力一杯蹴り離す。

 今までのパワーと比べても、ワーウルフに耐久力はなかった。その巨体は簡単に数メートル先の車の残骸へと突っ込み、援も自身のパワーに後方へと膝を着く。


『あぐ、ゴアああ、あああ!』


 地面へへばり込み、苦しみもがくワーウルフ。

 身体の組織が以上な発熱を起こし、噴火寸前の火山の如く赤いネクタルフォースが噴出。

 体毛も皮膚も爛れていき、崩壊寸前であった。


『あぐ、ああああ……‼』


 見つけなければ……自身の力に焼かれる前に……!


 ワーウルフは本能を前に立ち上がり、そして打って付けの対象を睨みつける。

 次に自身のエンジンとなり得る存在。それも最も自身の因子に適したモノ。


 視線の先に居たのは、ポニーテールの小柄な少女。

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