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孤高なるギエン  作者: ホオジロ ケン
ワーウルフ編
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人々の思惑

 屋上から商店街を一望できる、どこぞの小型ビル。

 そこで激化する戦場を遠望する少女が居た。

 双眼鏡で一体のアッシュを必死に追おうと菜沙なずなは躍起になり、新城はタブレットの向こう側で、相槌を打つ。


『活性化、ギアの稼働率も文句無し。やはり彼の因子は素晴らしいよ』


「先輩、すんごく張り切ってるね。因子を刺激しただけであんなに姿を豹変させて……先輩ってもしかして宇宙人?」


『面白いことを言うね菜沙ちゃん。安心したまえ。彼はれっきとした、この地球上で生を為した人間だよ。少々人より、ネクタル因子が優れているだけだ』


「でもアレだけの能力を振るってる。普段からじゃ、想像も付かない」


 菜沙の知るたすくとは、少しばかりお節介の強い、虚弱な人間という印象だ。

 現に、体育や身体検査のデータを比較しても、特筆する内容ではなかった。


『ネクタル因子を含む細胞ってのはね……こうとも呼ばれている。“ミミクリー細胞”。所謂、擬態が得意な連中でね。普段は人の細胞として、普通の役目を果たしている。が、彼らの細胞には決して普通ではない、面白い見分け方がある』


『本来の細胞核が、すげ変わったように別の細胞核へ変貌するのだよ』――新城は得意げに告げる。


「そうなるとどうなるの、おじさん?」


『ネクタル因子の凶悪なエネルギーに適した“器”となる。通常ならば、突如現れた新たなエネルギー源を前に、細胞はDNAレベルで突然変異を起こし、受け皿を作ろうと躍起になる……。だが多くの場合、尋常ではない速度で行われる分解と再構成の行程で耐え切れず死に至る』


 だからこそ、フローラチルドレン。援やその母親は希少な事例であった。

 可能性の権化として。


『“器”が作られれば、全てが変わる! 細胞が全く別の役割を果たすようになる! 一部分の筋肉量が飛躍的に高まり、それに耐えうる身体へと強化。更には結晶化した無機質な皮膚まで形成される! 皮膚の結晶化など、まるでウイルスのような特性だ! 普通ではない‼』


 言動に熱を帯び始めるが、新城はふと態度を崩した。


『どうやらお客さんが来てしまったようだ。致し方ない……』


「それなら心配ないよ。ドローンがそっちに随時、映像送ってくれてるから」


『それは結構! 菜沙ちゃんも存分に可能性に触れるといい‼』


 などと声高に、タブレットの画面は黒く染まる。

 叔父の趣向は子供のそれと変わりない。

 菜沙でも、彼の考えを理解できるのは、表面をかすめるに等しい分量だ。

 かといって大きく否定しないのは、彼女も彼女なりに共感していたからだ。たった一つの対象に対して。


(おじさんの言い分はアレだけど……援先輩に対しては、確かにそそられる)


 変わり果てた彼へ、彼女の視線は以前以上に魅せられていく。




 現場は混乱そのものであった。


「ネクタル係数値が活性化! 攻撃が来るぞぉーーーーッ‼」


 ワーウルフから放たれる空気の張り手は、触れる物全てを吹き飛ばし、切り刻んでいく。

 兵士たちを紙切れ同然に宙へ舞い上げ、車両もズタボロに破壊していく。


(奴の特性は聞き及んでいたが、ここまでとは……! これでは、数分と持たない‼)


 おおとりは、嫌でも直感で察せた。

 彼は険しい表情で、あるスイッチキーを掴み取る。

 それは上層部が、彼だけに託した最終手段であり――あらゆる道徳を無視した、醜悪な一手。


 軍用機スクランブルによる、空中爆撃。


 市街地、自国の地で威力50メートル四方に及ぶ破壊兵器を持ち出そうとしている。

 無論、多くの人間の目に触れる危険性だって無視できない。


 道徳の考慮はそれだけにあらず……爆撃には、対象を現場に釘付けにさせなければならない。つまりは――自分を含め、鳳は自分の部下と共に奴と心中の道を選ぶ、ということなのだ。


『君にしか託せない、できるね……?』


 上層部の圧迫する質疑に、彼はただ頷いた。

 唯一、彼の決断を鈍らせたのが、彼だけの命では済まないことだ。

 周囲に居る同士も、国に忠誠など程遠い青臭いガキ共にだって、この行為は裏切りだ。

 国はその死すら、世論誘導によって周囲の目も口も塞ぎにかかるだろう。


 国を、果ては軍を護るため非常に徹しられる人物。彼が選ばれた理由はそこにこそある。


(この失態の露呈は、我々の考えうる以上に! やはり、やるしかない……)


『鳳隊長! ネクタル系数値の活発化を検知‼ その場は危険です!』


 通信機から部下の言葉。

 彼が取るべき行動――それは、生かされている間に、ボタンを押し込むこと。

 部下の叫びに呼応し、指に力を込めたその瞬間――。



 ワーウルフによって放射された赤い衝撃の波が、突然割り込んだ誰かによって両断された。



 ワーウルフを含め、一同の緊迫した空気が更に険しくなった。


『に、二体目! 二体目のアッシュです‼ こ、これが⁉』


「そんなのは見れば判る! それ以外に何か情報はないのか⁉」


 通信先でデータに狼狽する部下に捲したてた。

 部下は一度唾を飲み込みながら。


『ネクタルフォースが今までにない量を弾き出しています‼ この度合い、ワーウルフ以上!』


(馬鹿な‼︎ こんな化け物を、我々は取り逃がしていたというのか⁉ 知らず知らずに⁉)


 出自不明のアッシュ――悪夢を見ているようだ。

 鳳の覚悟に波紋が広がる。

 すぐにでも上に報告をすべきか……それとも手遅れになる前にボタンを押すべきか。


『おい、軍隊長さんよ‼ まだくたばっちゃいねえよな⁉』


「この声、あかつき部隊長か!」


『部下に手は出すなと伝えろ! 無駄に戦力が削られる!』


「馬鹿を言うな! アッシュが二体も現れて、傍観を決め込むなど……‼」


『理由は知らねえが、人型のアッシュは必用にワーウルフへ攻撃を企ててる‼ こっちが手を出さなけりゃあ、ワーウルフだって俺たちを相手してる余裕なんて無いはずだ! スーツの用意は頼んだよな⁉ 戦闘ともなれば奴らも疲弊していくはずだ! その隙を俺たちで突く‼ アンタらも死にたくなけりゃあ協力しやがれ‼』


 一方的に通信を終えられ、ただただ立ち尽くす。

 そうやって鳳は小さく息を吐いて、眉間の筋肉をほぐしていった。

 数秒の思考の末に、スイッチキーをポケットへ仕舞い、彼は再び戦闘続行の意識を燃やす。

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