未曾有の戦場
(あっ君)
倒れた友人を視認し、思考を落ち着かせていく援。
そしてもう一人である友人のエミにも顔を向けて――彼は、本命に視線を移した。
『グルルルルルル……‼』
これまでにない、警戒の色を示すワーウルフ。
対して援も、自身に流れうる本能に身を任せて、静かに腕を構えた。
敵を殲滅する――揺るがない闘争本能。
覚悟が身を固めたその瞬間、不定形であった右目が赤い結晶へと体積もろとも変貌させ、突き出た『眼』となる。
(母さんを……還してもらう‼)
『ぐああああああああああ‼』
ワーウルフは標的を切り替え、挑み掛かる。
飛びかかり際に背中の巨腕を大きく広げ、援の身体を羽交い締め。
口元を割くぐらいに頬を吊り上げ、更に力を込めた。相手の身体を押し潰す気概で。
『ぐ、ぎい……⁉︎』
しかし勝利の余韻は、すぐさま失せていく。
進化し、数日前までの自身の比ではないパワーを手に入れたワーウルフ。その最大の武器である剛腕のパワーが、真っ向から剥がされていた。
羽交い締めに覆われていた援の腕が、徐々に開いていく。単純な力比べの差で巨体など関係無しにと、援の拘束は解かれていき。
繰り出された蹴りが、ワーウルフの腹部を直撃。
瞬間、ワーウルフの巨体が宙へと浮かび、そのまま後方へと転倒する。
激痛と酸素が口の中から同時に吐き出された。
しかし休んでいる暇など無い。仰ぎ見ていた空に援の影が割り込み、その拳を振る割れる。
咄嗟の危機感にワーウルフは巨腕へ因子を送った。衝撃がワーウルフを頭上へ押し上げ、後転の要領で移動。援の拳は仕留めるべき相手の頭を見失う。
『ごっがああああああ‼︎』
怒りに、背中の巨腕へ因子を送り、ネクタルフォースの衝撃を上乗せした拳を振るう。
対して援も、その拳に自分の拳を合わせ……威力を震わし、お互い後方へと吹き飛ばされる。
商店街の店へと突っ込みながらも、両名はすぐさま立ち上がり――援とワーウルフの戦意は更なる激化へ誘って行く。
「おいエミ! エミ‼」
身体を揺さぶられ、次第に思考をより戻すエミ。
「暁君、一体何がどうなって」
「俺にも分からねえけど、今はここから離脱するぞ! このままでは、っく!」
瓦礫の破片が彼の眉間すれすれを横切る。
戦闘の激化は、更にそこから過激を増そうとしていた。
空気が、震えていた。
さながら戦場は小さな爆心地――二体の化け物の拳が衝突するだけで、周囲の瓦礫が散乱するのだから、ただ居るだけでも危うい。
エミはすかさず羽を広げ、スラスターが緑色の光を放射。
暁を連れ、メンバーの居る後方に退避した。
「暁さん、エミちゃん! どうなってるんすか⁉」
「もう一体のアレ……誰⁉」
「そんなの分かるわけねえだろ‼ とにかくいきなり乱入してドンパチ始めやがった! 作戦の軌道修正の範囲でもない……! どう手を付ければ‼」
『作戦は何も変わらない! 我々は行うのはアッシュの殲滅だ‼ 何を躊躇っている!』
通信用のスピーカーマイクから、鳳の鬼気迫る指令。
暁は目頭に怒りが寄った。
「もう一体の、正体不明のアッシュが居る‼ それにこちらのアンブロシア兵器のエネルギーは残り僅かだ! 続けるにしても、もう時間の猶予も無い!」
『作戦拒否は認めん‼ 我々が引き下がれば、現実はさらなる非常を突き立ててくる!』
つい、スピーカーを圧壊させるほどに指を強めてしまうが、暁は留まった。
「だったら予備の武器を用意しておけ⁉ ワーウルフならまだしも、もう一体はどんな実力かも分からねえんだ! 俺が先行して計測する! 分量を誤れば、どちらにせよ全員……‼」
「分量で測れる問題じゃないよ、暁君……」
怒気で苛烈する暁へ、冷やかな一言が彼を冷静にした。
エミは戦場をじっと――ただ一つ感じる事実に茫然と。
「あの人型アッシュのネクタルフォース、どんどん膨れ上がってる!」
真意を問う前に、目前に続く通路に、ワーウルフが転がり込んだ。
一行に、ワーウルフは背を向けたまま、一心不乱に後方だけを警戒していた。
ゆっくりと近づく、最大の脅威に。
『が、があああああああああ!』
立ち上がり際に、背中の巨腕を横薙ぎに振るうが、相手はそれを脇腹で受け止める。
そしてガッチリと掴み取り、ワーウルフへ足を掛けて――思い切り引きちぎった。
痛みと恐怖を織り交ぜた絶叫――ワーウルフは咄嗟に衝撃波を打ち込もうとするが、相手は奪い取った腕を叩きつけ、数メートル先の店へとはね飛ばした。
「嘘でしょ……かなりヤバめ」
「アレ、流石にまずいでしょ! 俺たちで本当に歯が立つんっすか!」
全員がすがる気持ちを暁へ走らせる。比較的小柄がどうのと通じるパワーではない。
しかし事態は膠着を許しはしなかった。
ワーウルフがひしゃげた店のシャッターを踏みつけ、商店街の天井を突き破り外へと逃亡。
もう一体も、飛び上がり追跡する。
「鳳さんの部隊に向かってる! 確かあそこには、好餌用の黒蝕物があったよね!」
「体力を回復させるつもりか⁉ ちいっ‼︎ とにかく援護に向かうぞ‼」
振り回される状況に、彼らはそれでも走るしかなかった。




