今だからできる無茶
商店街の中心地は、さながら小さい公園だった。
面積は広く、市街並木たちがポツリポツリと備え、すぐ横にはベンチが添えられる。
解放された天井からは陽が包み込み、イベントや憩いの場として親しまれるその場は――何もかもが破壊で変わり果てていた。
赫炎に輝く破壊の衝撃波が、レイラへと直撃。
「く、うううううううううううううう‼」
彼女はスーツの耐久力と、自身の装着された緑光に輝く『盾』で攻撃を防ぎ切ろうとする。
もう腹から直接、声を唸らせている感覚に近く、他の行動を選択する余裕など無い。
そんな彼女にワーウルフは、冷徹に次々と衝撃波を放り込んでいく。
「レイラちゃん‼」
寸ででエミが、レイラにタックルし、軌道上がから共に転がり避ける。
そこは破壊の嵐の中心地。並々ならぬ赤い空気が、触れるもの全てを豪快に切り刻み、周囲の店や建物を粉々に吹き飛ばした。
「こっちは近づけない! ア、アリスちゃん‼ アリスちゃんならどうなの~⁉」
「やってる……‼ けど、弾の威力が弱くって、弾かれてる!」
アリスは、距離を置いた地点から一心不乱にトリガーを弾くが、悉くは意に返さない。
ネクタル因子によって生まれたエネルギーの衝突は、単純な総力だけで決まっていく。力が強い方が、弱い方を弾き、今のワーウルフの肉体は屈強な鎧と化していた。
『アリス、それ以上の無駄撃ちはやめておけ! エネルギー温存だ』
「だけど、あかっち!」
耳に付けていたマイクにガガッ! とノイズが生じる。
暁がワーウルフの攻撃を辛くも掻い潜る姿に、アリスは援護を緩めてはいけない気がした。
他の者も同じ心境だ。誰か一人でも怠れば、力の均等は一気に瓦解する。
『全員奴から距離を取れ! ここからは俺が一人でやる!』
「な、何言ってんですか⁉ 全員で当たってもいっぱいいっぱいだってのに……!」
「さっき無茶はしないって言ってたじゃない⁉ この大嘘つきぃ~‼」
『無論そのつもりだ! これは……最悪の段階の「無茶」を凌ぐための、今できる「無茶」だ‼︎ 手遅れになる前にやっておきたい!』
『頼むッ!』――誠意に呟く彼の声音は、いつもよりも闘志づいている。
本気なんだな、と誰もが目を瞑り、攻撃の手を止めた。
『アリス! 俺が奴の足止めをする! 動きを止めたら即座に眼球へ高圧弾をぶちまけろ‼』
「オーライ……!」
『誠司とレイラは飛んでくる赤い攻撃を、アリスの元に行かせないよう援護してやれ!』
二人が持ち場から離脱。
それを機に、ワーウルフは暁だけを睨み、対峙した。
一体と一人――そして、もう一人の人間。
「エミ、お前……!」
「暁君だけじゃあ心配だから。それに、私も今しかできない『無茶』があるからね」
「ネクタル係数はそっちが上でも、ここからは単純な肉体総量戦だぞ? 着いてこれるか?」
「こんな時に妹扱い? 私を甘く見ないでよ」
ふふん! と気丈に笑う仕草を見て、暁も吹っ切れた。
「勝負だ狂犬野郎!」
もはや重りにしかなってない銃を床に落とし、刀一本で彼は駆ける。
より疾くと……少しでも奴の動きに着いていくために。
それに対し、ワーウルフは背中から生える巨腕を鈍器に振り下ろした。
迸る破片に、亀裂が広がる地面。
暁はスレスレで膝を折って懐に滑り込み、脇腹を斬りつけた。
(浅い……‼)
ダメージは矮小に等しかった。
極め付けにワーウルフは機転を利かせて、もう二つの腕で暁への攻撃を試みていた。
「暁君⁉︎」
瞬間、手を伸ばすエミが視界に入って行く。
条件反射で手を掴み、暁はその場から脱出。赤い衝撃破は空を切り、床の粉塵が舞った。
鼓膜を揺らす、不快な騒音にワーウルフは上を向いた。
二人は空中に居た。エミが背中に羽根状の装備を広げ、滑空を維持。
薄い装甲の隙間から断続的に緑の光が噴出し、見た目より均衡な飛行能力を獲得していた。
「機動力は私が確保する! 暁君はそのうちに!」
「敵は空中を闊歩できる! 油断するなよ‼︎」
示し合わせ、ワーウルフが二人の点在位置にジャンプしてきたところで二手に散開。
暁が地上を、エミが空中へと。
着地したワーウルフの瞬間を狙い、エミが銃口で狙いを定め発砲する。
彼女の光弾は機関銃の連射力を有するが、敵の皮膚にこれといった外傷を与えられない。
しかしエミは、別の活路を見極めていた。
(ワーウルフのエネルギー血脈……全快までの残り時間……)
攻撃に蹲りながら、ワーウルフに赤い光の筋が、背中の腕に集約する。
「今だ! 暁君! 相手の左足に攻撃を‼」
「うおおおおおおおおおおおおお‼」
攻撃が放たれる前に、暁は全速力で接近。
ワーウルフの脹脛へ全力めがけて刀を振り下ろし、頑丈である皮膚に今までにない大きな傷口を残す。
『ぐらあがっ‼ がああああ!』
奇声とともに、衝撃波が明後日の方向へと暴発する。
「やっぱり……ワーウルフがあの腕に因子を『貯めてる』状態だと、身体の因子係数が著しく低下する! その時だけは体組織も強靭じゃいられなくなる‼」
「なら作戦もやりやすくなる! エミ、指示をくれ! タイミングで仕掛ける!」
怒りの咆哮を驚かせて、ワーウルフは力任せな跳躍で、砲弾のように突撃してきた。
エミも暁も回避に専念し、その間、洞察を怠らない。
(謎の供給元からネクタルフォースを取り入れてても……付随するエネルギーの消費量の方がどうしたって上回る! あの大技を出し切った直後なら、あともう少しで!)
予感はすぐに形となった。
ワーウルフが息切れを起こし、目に見えて消耗。
俊敏だった動きも鈍足になり。
「今だエミ!」
暁の号令の元、今回の敵に対して用意したネットランチャーを頭上から射出した。
ワーウルフの全身を覆い、ネットの根元は自動的に地面へと減り込み、動きを制限する。
「準備は整った! いけるなアリス!」
『これだけお膳立てしてくれれば……』
遠くから銃撃音、そしてワーウルフの右目に肉の破片が飛び散った。
『死んだって、外さない』
『うぐあああ、ぐあああああああああああ‼』
弾は内部から、容赦無く電流を流し込んだ。
相手の身体が意識に反して震えだす。どれだけ強靭でも、数十秒は麻痺で動きを縛られる。
ようやく暁は無茶を実行した。
「お前には随分と苦渋を舐められたが――」
捨てたアンブロシア兵器の銃を拾い、更に彼は懐からスーツケースの中身であった――銃身用のパーツを兵装に取り付ける。
銃口を向けるや、銃身から自動的に固定台の役割を果たす杭が突出し、地面へ突き立てた。
「それもここまでだ……」
トリガーを引き、兵装の中心から通常時からは発せられない、異様な熱量が空気を震わせた。
銃全体が赤いラインを纏わせ、そして――。
「っ⁉ 待って暁君!」
エミは見た、ワーウルフが異様な速さでエネルギーを集約するのを……。
それは苦し紛れの一撃だった。危機に瀕した本能が、通常よりもエネルギー供給をほんの少し速めたのか。或いは本当に最後まで集約した絞りカスだったのか。
ワーウルフの巨腕が地面へと突き刺さり、小さな衝撃波が周囲へ伝達。
衝撃は暁の銃身へ伝わって、波立つ地面に杭ごと飲まれ、軌道が無理やり捻じ曲げられる。
通常の5倍の威力を誇る光弾は、斜め上に光の柱を生み出し、過ぎ去っていった。
「そんな……!」
商店街の天井部位を僅かに掠め、瓦礫となって降り注ぐ。
暁は呆然――ワーウルフはネットを引きちぎり、目元から銃弾を抉り出して暁を直視。
「速く逃げて暁君‼」
ワーウルフが暁へ跳躍した。
エミが手を伸ばすには余りにも遠く――。
暁が絶望に絡め取られ、迫る死の影に視線をそらそうとした瞬間――。
彼は見た。もう一つの影がこちらへと降ってくるのを……。
遥か上空から忽然と降下し、それはワーウルフの進行を妨げるように、戦場の地へと降り立った。
突き破られた地面の破片が、塵となって舞い振り、咄嗟に暁は口元を手で覆う。
(一体何が……?)
彼は息を止めた。
人影……ちょうど2メートル程の高身長に、屈強な身体。
そして――人間からは大分かけ放たれた、突き出た刺々しいシルエット。
鎧のように着こまれた白銀の皮膚が全身を覆い、心臓に当たる左胸からは円型の装置――その周りにだけは、緑の筋が植物の根のように入り組んでいる。
無機物に近い光沢を放つ筋肉の節々からは、濃い藍色の結晶が刺のように特出し、
どんな動物とも形容しがたい顔は、平面に広がる眼の部位にほとんどを覆われていた。
顔の七割を覆う黄色い眼は、瞳に当たる部位が無く均一に怪しく光る。
右目に至っては、赤い炎の不定形な灯が揺らめく。
(馬鹿な……もう一体の、アッシュだと⁉)
フローラチルドレンは、事態の混迷さに、ただただ飲まれていく。




