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孤高なるギエン  作者: ホオジロ ケン
ワーウルフ編
11/49

暁の覚悟

 避難の進められるフゼンマ商店街、並びにその周囲地域の住民たちは、自治体と軍の協力体制の下、避難が進められた。


「速くしておくれよアンタ! このままじゃあ、みんなに迷惑掛けちまうだろう?」


「そうは言っても、年寄りにこの坂はちとキツいよ!」


 坂の上から自身の夫を待つ妻。どちらも60代と還暦を迎えた身で、いきなりの避難に困惑しながら、避難場所を目指していた。


「はあ……軍の方々も、車両で迎えに来てもらえんもかな……ん?」


 ふと男性が、白毛混じりの眉を歪めた。

 彼が目に止めた先には、もう何年も手入れのされていないであろう。ツル性の植物に覆われたボロボロの木造住宅。


「なあお前、この家って確か……空き家だったよな?」


「福里さんの家がどうかしたのかい?」


「いや、今何か窓の向こうで動いたような気がしてな……」


 目を凝らしてもう一度注視するが、中の様相は暗く、くっきりとは映らない。


「何言ってんだい? 福里さんたちは、もう8年も前に別の街へ引っ越しただろう? ブラックドームで家族を失って、相当ショックだったんだろうね……」


「そうだったか。それなら、見間違いか」


「あの〜そこのご老人、大丈夫ですか〜⁉」


 駆けつけて来た避難班の人間の下、騒がしくしていた二人の老人夫婦が離れて行く。

 誰も気配もない、そのタイミングで――暗い窓の奥から赤い輝きが際立った。


『ごがあ……ごああああ‼』


 悶えた声で、何かを嘔吐する。

 ドサリと、吐瀉物を盛大に吐き散らし、そしてワーウルフは――意識を覚醒させた。




 部隊の編成を終え、対策軍及びフローラチルドレンのメンバーは迫る脅威に防衛網を張る。


「花の緑商店街から半径700メートルの住民避難は、ほぼ完了。同時に12分前からターゲットを検知! ワーウルフは現在、徒歩による移動で徐々にこの商店街に向かってきています」


「活発化している割に、動きは単調だな。怪物退治の専門家諸君は、これをどう見る?」


「そう言われましても~。アッシュの言葉が分かるわけでもないですし~」


「見つけたら、とにかく撃つ。それだけ……」


「ええっと、エネルギー節約とかじゃないっすかね! 低燃費エコカーみたいな」


『…………』


 指揮官であるおおとり、並びに一般兵から白い目で見られ、誠司せいじはいたままれず視線を外した頃。


「あながち、間違っていないかもな誠司」


 思わぬ賛同の意見に、皆がチルドレン部隊長の登場へ向き直った。


「暁さん! 速かったすね。到着はもう少し後かと」


「途中は車だったが、キリの良いところでバイクに乗り換えた。それで状況は?」


「アッシュはここへ接近中だ。我々も中心地までは手を出さないでいる。それで、奴が鈍足なのは消費を抑えるためと言ったが?」


「ただでさえ燃費の悪いアッシュだ。異常変異でパワーが上がった分、消費も激しい。休眠活動もそのせいのはず、『だった』」


「『だった』って、なんすか? その妙な過去形……」


「ネクタル因子の気配が、時間を置くごとに能率的になってる……」


 全員の疑問に、エミはそう告げる。


「前までは、動かないだけでも因子のエネルギーはダダ流れだった。でも今は違う。常備何処からかエネルギーを蓄えてる」


「何それ~‼ じゃあ、あの犬もどきは永久機関的なものを手に入れたってこと⁉」


「理由は分からねえが、奴が型から外れた進化までやり遂げた以上、失敗は許されない……! ここで決着を付けないと、もう奴を縛る枷は無くなる」


 エネルギー消費の悪いワーウルフにとって、唯一の弱点がカバーされてしまった現状、黒蝕物質を使った誘引は実行する意味さえ無い。

 最も懸念すべき人的被害も、奴の特性から想像に難くなかった。


「だったら全力で鎮圧すべきじゃ⁉ 今すぐ上層部に補充部隊とか、戦車とかいろいろと!」


「街中で、しかもいきなり出撃などできるはずもない‼」


 鳳は、誠司の弱音事を切って捨てる。


「ここは我々だけの戦場だ! 我々が奴を叩かねば、隠匿は全て水泡に帰す! これは危険因子だけの排除ではない! 我々の存亡にも関わる‼」


「それじゃあ、住民は……一番に守らなきゃいけない人々をほっぽいて、自分たちの尊厳が最優先⁉ そんなの私!」


 エミは鳳の前に立って反論。

 しかし鳳も間を置かずして告げる。


「認められないかね? 私も君たちに分かってくれと頼むつもりはない。しかしこれだけは言っておく。誠意だけで国も民も守れはしないのだ! 我々の失態が矢面に出れば、更に奴を討つ力が失われる! そんなことはあってはならない‼」


 エミと鳳の静かな対立。

 理屈が分かっていても、どうしても飲み込めない部分はあった。


「…………結局、いつも通り死ぬ気でやれってことだろ? 安心しろよ」


 しかし暁だけは、揺らがない。


「俺たちフローラチルドレンは、アッシュ討伐に関わるならどんな場所であれ戦ってやる。例えお前たちが国民に避難された立場になっても、変わらずな」


 暁はメンバーに目配せし、エミ以外のメンバーも自身のやるべきことを明確に定める。

 ただ自分たちの存在を示すため、目の前の怪物を狩る。


 死んだように生きることを望まない――ただひたすらに抗おうと……。


「っ、来た!」


 エミが何かを知覚し、同時に機材のアラームが鳴る。


「メインは俺らで変わりないよな? アンタたちは作戦通り、各通路を陣取っておいてくれよ」


「奴が逃げ出そうとするなら、我々が迎撃しよう。問題は諸君だ。勝算は?」


「言ったろ、こっちも死ぬ気だって」


 暁は、普段の武器以外にもう一つ、アタッシュケースを小突いて掴み上げる。


「いざとなれば『コイツ』を使う。夢見がちで勝てそうな相手でもないしな」


「暁君……だ、だけど」


「分かってるよ。死なない程度に留めるには、お前たちの援護がいる。俺の命、預けてもいいか?」


「それ……普通、部下が指揮官に言う言葉っすよ?」


「アンタの命を背負うなんて、嫌。誰の命だって……願い下げ」


「頑張りますけど~だったら約束して下さいね? 死ぬような無茶にはならないって」


「お前ら……全然統一感無いよな」


 落胆し、暁はふっと笑うと、今度はできそうな気が湧き上がった。

 この部隊の妙な空気は、どうにも居心地がいい――それを失わないためにも、やらねばならない、と。


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