暁の覚悟
避難の進められるフゼンマ商店街、並びにその周囲地域の住民たちは、自治体と軍の協力体制の下、避難が進められた。
「速くしておくれよアンタ! このままじゃあ、みんなに迷惑掛けちまうだろう?」
「そうは言っても、年寄りにこの坂はちとキツいよ!」
坂の上から自身の夫を待つ妻。どちらも60代と還暦を迎えた身で、いきなりの避難に困惑しながら、避難場所を目指していた。
「はあ……軍の方々も、車両で迎えに来てもらえんもかな……ん?」
ふと男性が、白毛混じりの眉を歪めた。
彼が目に止めた先には、もう何年も手入れのされていないであろう。ツル性の植物に覆われたボロボロの木造住宅。
「なあお前、この家って確か……空き家だったよな?」
「福里さんの家がどうかしたのかい?」
「いや、今何か窓の向こうで動いたような気がしてな……」
目を凝らしてもう一度注視するが、中の様相は暗く、くっきりとは映らない。
「何言ってんだい? 福里さんたちは、もう8年も前に別の街へ引っ越しただろう? ブラックドームで家族を失って、相当ショックだったんだろうね……」
「そうだったか。それなら、見間違いか」
「あの〜そこのご老人、大丈夫ですか〜⁉」
駆けつけて来た避難班の人間の下、騒がしくしていた二人の老人夫婦が離れて行く。
誰も気配もない、そのタイミングで――暗い窓の奥から赤い輝きが際立った。
『ごがあ……ごああああ‼』
悶えた声で、何かを嘔吐する。
ドサリと、吐瀉物を盛大に吐き散らし、そしてワーウルフは――意識を覚醒させた。
部隊の編成を終え、対策軍及びフローラチルドレンのメンバーは迫る脅威に防衛網を張る。
「花の緑商店街から半径700メートルの住民避難は、ほぼ完了。同時に12分前からターゲットを検知! ワーウルフは現在、徒歩による移動で徐々にこの商店街に向かってきています」
「活発化している割に、動きは単調だな。怪物退治の専門家諸君は、これをどう見る?」
「そう言われましても~。アッシュの言葉が分かるわけでもないですし~」
「見つけたら、とにかく撃つ。それだけ……」
「ええっと、エネルギー節約とかじゃないっすかね! 低燃費エコカーみたいな」
『…………』
指揮官である鳳、並びに一般兵から白い目で見られ、誠司はいたままれず視線を外した頃。
「あながち、間違っていないかもな誠司」
思わぬ賛同の意見に、皆がチルドレン部隊長の登場へ向き直った。
「暁さん! 速かったすね。到着はもう少し後かと」
「途中は車だったが、キリの良いところでバイクに乗り換えた。それで状況は?」
「アッシュはここへ接近中だ。我々も中心地までは手を出さないでいる。それで、奴が鈍足なのは消費を抑えるためと言ったが?」
「ただでさえ燃費の悪いアッシュだ。異常変異でパワーが上がった分、消費も激しい。休眠活動もそのせいのはず、『だった』」
「『だった』って、なんすか? その妙な過去形……」
「ネクタル因子の気配が、時間を置くごとに能率的になってる……」
全員の疑問に、エミはそう告げる。
「前までは、動かないだけでも因子のエネルギーはダダ流れだった。でも今は違う。常備何処からかエネルギーを蓄えてる」
「何それ~‼ じゃあ、あの犬もどきは永久機関的なものを手に入れたってこと⁉」
「理由は分からねえが、奴が型から外れた進化までやり遂げた以上、失敗は許されない……! ここで決着を付けないと、もう奴を縛る枷は無くなる」
エネルギー消費の悪いワーウルフにとって、唯一の弱点がカバーされてしまった現状、黒蝕物質を使った誘引は実行する意味さえ無い。
最も懸念すべき人的被害も、奴の特性から想像に難くなかった。
「だったら全力で鎮圧すべきじゃ⁉ 今すぐ上層部に補充部隊とか、戦車とかいろいろと!」
「街中で、しかもいきなり出撃などできるはずもない‼」
鳳は、誠司の弱音事を切って捨てる。
「ここは我々だけの戦場だ! 我々が奴を叩かねば、隠匿は全て水泡に帰す! これは危険因子だけの排除ではない! 我々の存亡にも関わる‼」
「それじゃあ、住民は……一番に守らなきゃいけない人々をほっぽいて、自分たちの尊厳が最優先⁉ そんなの私!」
エミは鳳の前に立って反論。
しかし鳳も間を置かずして告げる。
「認められないかね? 私も君たちに分かってくれと頼むつもりはない。しかしこれだけは言っておく。誠意だけで国も民も守れはしないのだ! 我々の失態が矢面に出れば、更に奴を討つ力が失われる! そんなことはあってはならない‼」
エミと鳳の静かな対立。
理屈が分かっていても、どうしても飲み込めない部分はあった。
「…………結局、いつも通り死ぬ気でやれってことだろ? 安心しろよ」
しかし暁だけは、揺らがない。
「俺たちフローラチルドレンは、アッシュ討伐に関わるならどんな場所であれ戦ってやる。例えお前たちが国民に避難された立場になっても、変わらずな」
暁はメンバーに目配せし、エミ以外のメンバーも自身のやるべきことを明確に定める。
ただ自分たちの存在を示すため、目の前の怪物を狩る。
死んだように生きることを望まない――ただひたすらに抗おうと……。
「っ、来た!」
エミが何かを知覚し、同時に機材のアラームが鳴る。
「メインは俺らで変わりないよな? アンタたちは作戦通り、各通路を陣取っておいてくれよ」
「奴が逃げ出そうとするなら、我々が迎撃しよう。問題は諸君だ。勝算は?」
「言ったろ、こっちも死ぬ気だって」
暁は、普段の武器以外にもう一つ、アタッシュケースを小突いて掴み上げる。
「いざとなれば『コイツ』を使う。夢見がちで勝てそうな相手でもないしな」
「暁君……だ、だけど」
「分かってるよ。死なない程度に留めるには、お前たちの援護がいる。俺の命、預けてもいいか?」
「それ……普通、部下が指揮官に言う言葉っすよ?」
「アンタの命を背負うなんて、嫌。誰の命だって……願い下げ」
「頑張りますけど~だったら約束して下さいね? 死ぬような無茶にはならないって」
「お前ら……全然統一感無いよな」
落胆し、暁はふっと笑うと、今度はできそうな気が湧き上がった。
この部隊の妙な空気は、どうにも居心地がいい――それを失わないためにも、やらねばならない、と。




