それぞれのやるべきこと
ワーウルフと軍との交戦から、三日が経過。
相手の脅威度を踏まえ、対策本部はこれ以上の間を置く危難を避けるために、次の策に打って出ていた。
『臨時ニュースをお伝えします。今朝未明、フゼンマ市にある「花の緑商店街」にて不発弾が発見されました。本事件は下水道工事に伴い、現場職員が磁気探査で発見したとし、重量一トンにも及ぶ大型不発弾だと推定されました。これに対し陸上自衛隊は、半径700メートルの近隣住民に避難を呼びかけており……』
息子と娘を交えての朝食を取る、とある家庭。
不発弾処理と評したニュースに眉を曲げ、男性は対面する家族に何かを察して口を開く。
「作戦の決行……今日になったのか? 暁君」
「はい……」
少し口ごもる素ぶりをして、暁は頷いた。
次に男が視線を流した先には、エミが笑いを作っていた。
「心配しないで、お父さん。今度こそはやり遂げてみせるから。ほら、私も兄さんだって、これまでいろんな訓練を乗り越えてきたもん! お父さんや、住民の人たちを守れるようにって」
「しかし……チームメイトが一人、重傷を負ったと聞いた。一人欠けた状態では」
「佐奈ちゃんは兄さんに負けないぐらいタフなんだよ! 少しすれば完全に復帰できる。それに今回はちゃんと敵の能力も把握している」
「だから心配しないで……」――子供を宥める母親の、そんな優しげな微笑を送るエミ。
父である明道秋昌は、諦めて胸の想いを埋めていく。
「秋昌おじさん、心配ありません。エミは必ず俺が守り通してみせます。貴方たちが俺をここに置いてくれた恩義に応えるためにも」
「あ、暁君……私が言いたいことはだね!」
返事を待たずして暁は席を立ち、頭を下げて学校鞄を手に持った。
エミも食事を済ませ、秋昌はただ二人の背を阻喪に見送る。
ポツリと取り残された食卓の前で、ふとスマホが振動した。
受信したメールには、添付写真でアパートの一室が破壊された光景。
伴い、今度は電話音が鳴り響き、秋昌は通話ボタンをタッチする。
「剛山君か。どうした急に? この添付写真はなんだ?」
『三日前に起きたアパートの倒壊事件……と、ここでは片付けられています。しかし至らぬ点が数多くありまして』
『どことも分からぬ集団が、未然に事故の終息に向かっていました』――秋昌は首を傾げた。
「どういうことだね? 警察に偽装した連中が居たと?」
『はい。しかし市の警察側は捜索を行なっていません。理由はお分りいただけましたか?』
「まさか…………アッシュ絡みか?」
『恐らく……。ルートの方も精査した結果、ワーウルフが道中に訪れたとしても、おかしくありません。国が市の警察に手っ取り早く打ち切らせるよう、仕向けたんでしょう』
「アッシュがわざわざ一室を……。まさかそこに黒蝕物が?」
『いえ、正確には二人。黒蝕病にかかっている住民が住んでいました』
肌の毛が波立ち、秋昌の背筋に悪寒がうねる。
「まさか、ワーウルフが狙ったっていうのは……⁉」
『住居人は母とその息子。調査は打ち切られてしまいましたが、息子の方は最初に来た連中が病院に搬送――しかしどの病院にも患者の履歴はありません。母親の方は行方不明らしく』
「……もしもそれで君の言うように、ワーウルフが能力覚醒に繋がるとしたら、奴らは人を?」
『考えたくはありませんが…………。もしそちらの研究で、何か発展があれば教えて下さい』
「分かった。それから最後になんだが、襲われた家族の名前は分かるかい?」
『はい、被害者の名前は――』
更に三時間後。
教師の声だけが支配する、高校の授業時間。
援は机の死角を陣取って、スマホ画面に意識を割いていた。
『とある街に、UMAの影が⁉』
個人SNSで、偶然に発見した記事。
ここら一帯はブラックドームからある程度近いこともあり、こういった未知への触発でガセの記事が横行することはままあるのだが……。
(間違いない、このシルエット!)
夕日に浮かぶ、屋根上に佇む怪物の姿。
俊敏な動きで去るそれは、写真では鮮明差に欠けていたが、投稿日時や現場。何より片時も頭から消えやしない奴の容姿は、例えシルエット越しだろうと区別が付いた。
(この先は、今朝のニュースで出た商店街に着く。やはり奴は……)
もしも不発弾のニュースがアッシュ討伐の口実なら――そこで授業終了の予鈴が鳴る。
時刻はもうすぐ午後一時。
(何ができるかなんて分からない……! けど僕は、母さんを‼)
居ても立ってもいられず――援は玄関へと直行。
ちょうどその時であった。目前で、暁が走り去っていく。
「あっ君?」
一目であったが、彼の真剣な度合が、何故か心に引っかかった。
後を追い、向かった先は校舎裏に設置されたもう一つの校門。
周囲に人の目は有らず、暁はそこでエミと合流。二人は敷地外の、停められていた黒いバン車に乗り込んだ。
彼らの切羽詰まった表情は、ただ事には感じられず。
「気になりますか? あの二人のこと」
背後から声を掛けられ、援は恐る恐る向き直る
「菜沙ちゃん、だったよね? 君は何か知ってるの? あの二人こと」
「女の子の名前を朧気なんて、関心しませんよ先輩。私は先輩の周囲の環境諸々、把握してるっていうのに」
頬を一瞬だけ膨らませて後輩は疑問に答えてくれた。
「関係ありますよ? 先輩にとって、あの二人はすんごく」
そして次に菜沙はタブレットから、ある動画を流してみせる。
『敵……ネクタル数値……気を付けて……‼』
『佐奈は左側から……! 誠司はもっと引き付けて攻撃を……!』
「これ、は」
ノイズ交じりの音源。
照明も無い、陰鬱と画面の向こう側で、いくつもの声が行き交い。
その中央で、火花と閃光が時より炸裂していた。
見入っている援に、菜沙はダメ押しにと、動画のある一点をズームアップし――怪物の身体に刀ほどの刃物を突き立てる人間を鮮明に映した。
「どうなってるの⁉ どうしてあっ君が‼」
タブレットを菜沙から取り上げ、動画を巻き戻そうと試みるが。
『おっと。この真実をここで紐解くのはまずい。これは彼らのプライバシーに関わるからね~』
画面に映ったのは、新城の得意げな姿であった。
「一体これはどういうことですか⁉ この動画は⁉ あっ君は一体何と!」
『それを知りたければエチケットというやつだ。場所を変えるとしよう』
「先輩、こっちですよー!」
タブレットから顔を上げ、菜沙が校門前で手を振っていた。
彼女の後ろでは別の車が停まっており、援の意思は有無なく、用意された現状に乗り出した。




