プロローグ
二〇一二年、七月一日。初夏の気温と共にそれは突然、姿を現した。
『ブラックドーム』……人類にとって未曾有の広域災害。
各国で多発的に出現したドーム状の黒い暗黒空間は、光を飲み込み、周辺地域に拡大した。
日本を始め、カナダ、ロシア、オーストラリア、アルゼンチン。
知らされている限りで二〇にも及び、国土、領海、果ては市街地……そこに法則性は無かった。全世界同時に襲った現象に、人々は容赦なく飲み込まれた。
ブラックドームに飲み込まれた人間の生還は乏しく、未知で、人類にそれを対処できる手段は皆無。
やがてドームは一様に進行を止め、各々の地域に留まった。
被害の拡大は収まり――同時に、人類は死闘の一幕を迎える。
ドームはやがて、その内に未曾有の『存在』を作り上げ。
『それら』はまるで何かを求めるように、人類の世界を脅かす。
◇◇◇
『こちら徳島班! 司令部、応答願う! 応答願う‼』
ノイズ交じりの通信先、男の声が、銃声の騒音に負けじと張り上げていた。
「こちら第三司令部だ! どうした徳島班! どうして交戦状況に陥っている⁉」
『《アッシュ》だ‼ Cエリアで奴らが現れた! 容姿から察するに“動物型”! すでに第三隔壁まで到達! このままでは進行を止められない‼ 速く増援を‼』
「徳島班‼ 他の部隊もアッシュと交戦中だ! 増援の時間まで持ちこたえ――」
通信の先から司令部の声を打ち消す、金切り声が割り込んだ。
『もうすでにこのフロアまで⁉ 至急、増援を‼ 増援……ガガッ――!』
「おい徳島⁉ 聞こえるか応答を! クソ、なんてことだ‼」
通信器具に見切りを付ける。
更に指令室のオペレーターが、悪い知らせを捲し立てた。
「大田士官! 敵の侵攻が止まりません! 増援の望めない以上、このままでは……!」
「止む負えん。総員は退避し、一〇分以内に当セクターから避難しろ! 現時刻を以て、ここ第三セクターは閉門しアッシュの侵攻を防ぐ!」
「待って下さい大田司令官! 外部から通信! 『ブラックドーム対策本部』からです‼ 『現在、再編させた部隊をこちらに向かわせている』とのこと!」
その説明に大田は、眉を中央に寄せる。
「再編した部隊⁉ しかしそんな余力など本部には……!」
『ええ、メーデーメーデー。聞こえますでしょうか? 第三司令部、応答お願いします』
疑惑が渦巻く司令部に、他者の通信が割り込んできた。
戦場に似つかわしくない、遠慮がちに振るう澄んだ少女の声だ。
大田は息を飲む。
「だ、誰かね君は⁉ 一体何処から⁉」
『本部からの増援部隊です。部隊名は《フローラチルドレン》。これよりアッシュ殲滅のため作戦に加わります。今すぐ交戦フロアのハッチを開け、中の人間を退避させて下さい』
「恐らく敵は、俊敏に優れた個体だ! 無闇に開けるわけには!」
『我々の敵はここだけではありません。早期解決が見られない場合は、強行手段も辞さない所存です。どうかお速いご決断を』
味方であるはずの部隊から、半ば強要的な支持を言い渡される。
どうすれば良いのか――大田が悩む間に、監視カメラ先では車のバンから、続々と重火器を持った兵が姿を見せる。
ハッチ扉の前に集結し、彼らは乗り込む準備を進めていた。
「司令官、これも上からの判断です。ここは」
部下の言葉に、重々しく大田は喉を鳴らす。
やがて彼は、自身の責務と危機感との狭間で、決断を下した。
◇
重々しい扉が左右に開き、点滅した天井の明かりがチカチカと視界を刺激する。
「ようやく重い腰を上げたか」
それを前に、スキンヘッドと眉間にしわを集中させる四〇代前後の男は、鼻を鳴らした。
後方に視線を寄越し、並列に並ぶ部下たちに険しい視線で告げる。
「これからアッシュ狩りを開始する! ただし、お前たちは後方待機だ。相手が外に出たなら瞬時に食い止めろ。メインはあくまで奴等だ」
次に彼の視線に晒されたのは、六人で構成された兵士たち。
いや、そう呼ぶには、彼らは周囲の兵士から際立っていた。
一〇代中ほどの年端もいかない子供。一番上でもまだ一七歳程度である。
それに輪をかけ、彼らの装備は黒を基調とした、ウェットスーツ。
胸、腕、足には部分的なプロテクターが装着されているだけで、後は布一枚。ほぼ生身を晒しているも同然だ。
兵装も近代的なデザインとかけ離れた、奇怪な装備であった。それらを背中や腰に下げている。一般の人間からでも、奇天烈に感じさせるに充分なインパクトだった。
「鳳隊長、こちらの準備は済んでいる。速く出撃許可を」
そんな中、赤髪の青年が急かすように前に出た。メンバーの中でも一番の年長者だ。
「随分と勝ち気だな? そんなに死に急ぎたいか、暁部隊長。長がそれでは部隊の品性が疑われる。目上への侮辱以前に、仲間の命を脅かしかねんぞ?」
「ちゃんと理解している。今こうして、貴方の無駄な説教に時間を取られ、救える命の数が減ることも。俺たちの敵は、このセクター内に居る一匹だけじゃない。こんなところで時間は費やせない」
はっきりと、悪びれることすらなく若造は言ってのける。
鳳は目尻をピクリと動かし、不機嫌に鼻を鳴らした。
「なれば私は、お前たちの価値を見定めるとしよう。ただし、もし役に立たないようであるなら、私は容赦無く切り捨てる。ここは地獄の入り口、くれぐれも臆するなよ?」
「それなら安心だ」
「ふっ」と暁部隊長は笑みを見せて、彼らは自身が着るスーツを《起動》させた。
音も無く、彼らの身体から緑色に発行するラインが全身を覆い――。
「俺たちはあのドームの被災者だ。入り口程度で怯えなどしない」
彼らはそのまま、戦場の入り口へと足を運んだ。




