99.中年男性の証言
中年男性は、セバス君からシオリへ、そしてマサキへと順繰りに目を向けた。
「まず、この人たちの声が大きくなったのは、先ほどの女子高生が店内に入ってきてビックリした声を上げた後からです」
彼が語り始めたちょうどその時、BGMがショパン作曲『24の前奏曲』の第7番に切り替わった。その全身を優しく包み込むようなイ長調のピアノ曲を3秒ほど聴いていた男性は、言葉を続けた。
「女子高生がこの部屋を出て行ってから、彼はこう言いました」
そうして、マサキからセバス君の方へ顔を向ける。
「バイトするなら、あの子、なだめてあげてもいいよと」
マサキは唇を噛み、目を泳がせる。
「その後で、こちらの女性が、交換条件かとか、脅しかとか言っていました。そうでもしないと集まらないバイトなのかとも。これが相手にとって利益のある話の紹介と言える会話ですかね?」
柔らかい日差しのようなピアノ曲が天井から降り注ぐ。
男性は、再びシオリとマサキのそれぞれに視線を向けた。
「私は、読書が始まると、周りの音――特に会話が敏感になるのですよ。いちいち、うるさいとは言いませんがね」
そう言って、中年女性の席の方へ視線を向けると、彼女の顔の上半分が衝立の向こうから現れてすぐに引っ込んだ。
「今日だって、私の横でこの二人はひそひそ話をしていましたが、全部聞いてしまいましたよ。男性から女性に向けた告白でしたけど」
シオリの顔や耳が、みるみるうちに赤く染まっていく。
「その前は――何日か前からは、彼が保護者向けのセミナーのバイトを斡旋しているところを聞きました。しかも、違う女性に。相手は三人か四人いたはずです」
今度は、マサキが聞こえないくらいの小声で「嘘だろ……」とつぶやき、狼狽した。