97.どこまでの会話が読書の妨げに該当するのか
セバス君は、シオリの訴えを聞いた後、淡々と回答をして彼女を落胆させた。
「お客様のプライバシーを尊重するため、会話は録音しておりません。ですので、勧誘の事実はこちらでは把握できません」
録音していなくても聞こえていたのではないかと主張すると、
「BGMに隠れるような音量の声は、そもそも聞こえません」
シオリは、激しく悔しがる。
他の客の迷惑になると思って、基本的に小声でマサキと会話していたのだ。もちろん、マサキもその点は抜かりない。
大声になったのは、ユキが驚きの声を上げた辺りからだ。
「ほら、店員さんは、客の会話を聞かないようにわきまえてくれてるじゃないか」
マサキの声が背中を叩くので、ゾッとしたシオリは振り返り、彼を睨み付ける。
「でも、この人に勧誘されたのは事実です」
「悪徳業者みたいに言わないで欲しいなぁ。知り合いに声をかけたら、もう勧誘だって? それはないだろう? 店員さん、どう思う?」
セバス君は、表情一つ変えず、
「利用規約には、他のお客様の読書を妨げる行為は禁止事項となっています。その行為の例として、法令に違反する行為、公序良俗に反する行為――」
シオリがセバス君の棒読みを遮る。
「全部列挙しなくていいですから、勧誘はどうなのですか?」
「確か、明確には入っていなかったはずだよ。調べたから」
ニヤけるマサキの言葉をセバス君が裏付ける。
「勧誘の単語は利用規約にありません」
と、その時、中年女性と中年男性がほぼ同時に立ち上がった。