95.先輩の罠
シオリは、しまったと思ったが、もう遅い。客が一斉に頭を上げてこちらを見ている。
でも、この状況では止まることは出来ない。
セバス君にマサキの行動を注意してもらおうとシオリが通路へ足を踏み出した瞬間、彼女に背を向けたセバス君が店の扉を開けてユキを迎え入れた。
ユキは、立ち上がっているシオリを見つけると、満面の笑顔で手を振る。
ところが、視線をシオリのわずかに右へ移した後、目を見開いて最敬礼でもするかのように頭を下げた。
何を見てお辞儀をしているのだろうと思ったシオリが自分の右側を見ると、マサキが立ち上がってフッと鼻を鳴らしニヤニヤと笑っている。
彼はシオリの方を向いて「あれぇ?」と言い、今度はユキの方を向いて「あれれぇ?」と言う。
「何、ユキちゃん、このシオリちゃんを知っているの?」
「ええ、友達です。先生こそ、シオリさんをご存じなのですか?」
(先生!? ユキさんの先生にしては若いから……まさか、家庭教師!?)
シオリの顔が引きつった。それを愉快そうに眺めるマサキは、何か妙案を思いついたらしく、勝利を確信した顔になった。
「ご存じもご存じ。ユキちゃん、なんとなんと、シオリちゃんって高校時代に告ってきた相手なんだよねぇ」
「えええええっ!」
ユキの大声に、衝立から覗いていた顔は、眉をひそめる顔と睨み付ける顔の二手に分かれた。
「今度、家庭教師の会社主催で保護者向けセミナーってあるよね? そこのバイトをお願いしたらさあ、人の話も聞かずに『怪しい勧誘』だと断ってきてねぇ。ひどくないかぁ? 先生、すっごく困っているんだよ。どう思う、ユキちゃん?」
急に怖い顔つきになったユキは、シオリを睨み付けた。
「私の家庭教師をやっていただいているマサキ先生は、そんな人ではありません!」
そう言ってユキはプイッとシオリに背を向け、セバス君に扉の解錠を求めた後、乱暴に開けて去って行った。