94.逆上するシオリ
今更感半端ない謝罪に、シオリは呆れて物が言えない。
この店の秘密を教えろと迫り、それが敵わないとわかると、次は勧誘に走る。人をなんだと思っているのだ。
よりを戻す一縷の望みも捨て去った今、何を言われても拒否モードで押し通すことを決意した彼女は、自問する。
(断るなら、最初からこの席に座らせなければいいのに……。何やってんだろう、私)
シオリは、おそらく、それは喧嘩を避けるためだと考えた。
いきなり拒絶すると先輩がキレるかも知れない。騒ぎが起きれば、店内の客に迷惑がかかることは火を見るよりも明らか。そして、迷惑な客だと烙印が押されれば、自分はこの居場所を失うことにもなりかねない。
そんな思いが次々と心の中に浮かんでいると、マサキがポツポツと語り始めた。
「高校の時に断ったのは、僕が若かったから。本当に謝る。あの時のことは忘れて、一からやり直さないか?」
謝罪だと思って耳を傾けていたら、よりを戻す話を持ち込まれた。計算高いマサキの腹の中が見えたような気がしたシオリは、氷のように冷たく言い放つ。
「やり直すって、いつお互いが恋人になったのですか?」
息を飲んだマサキだが、すぐに立ち直った。
「君のことは興味あったんだよ。ちょっとそれが言えなくてね」
「なら、なぜ『文学少女が苦手』とか言ったんですか?」
「ま、いろいろ事情があってね」
「二股かけていて、片方を断るためですか?」
真剣な面持ちだったマサキが、口角を吊り上げた。
「言うねぇ。大胆になったねぇ……」
「…………」
「あっ、言っておくけど、ヒメコはゼミの仲間。決してシオリちゃんと二股じゃないから」
「ヒメコさんだけではなく、ナナミさんもいるではないですか?」
マサキは明らかに気が動転した。
「彼女を知っているのかい?」
「ええ。先輩のこと知っているかって、私の所へしつこく訊きに来ましたが」
マサキは目が泳ぎ、何かをつぶやいた。シオリはそのつぶやきが「あいつ……」だったことは聞き取れた。
「今二股よりも先に、高校時代に二股をかけていたかを教えてください」
「いろんな女の子から告白されていたのは覚えているけど、二股かけた記憶はないなぁ。当時の僕ならしないと思うけど。あ、もちろん、今もしないよ」
シオリは、頭に血が上っていくのを感じた。
「信じろとでも?」
「ああ、そうさ。信じて欲しいさ」
そう言って、なぜかヘラヘラと笑っている。シオリは顔の毛穴から湯気が出ていくような感じがし、手が震えてきた。
「…………」
「バイトだって、怪しい話じゃないよ」
「証拠はあるのですか?」
「いちいち、しつこいなぁ、証拠証拠って」
「先輩だって、本当に、しつこいですね」
怒りが抑えきれなくなったシオリは、乱暴に席を立った。