90.しつこい先輩
マサキは人懐っこい笑顔をシオリへ向けながら「やぁ」と片手を上げ、シオリの許可を得ずに向かいの長椅子へ着席した。そして、シオリの顔色をちょっと頭を傾けて窺う。
「今日は一人?」
「いいえ、友達が来るはずです」
シオリは、今日は朝から三人とも来ないことを知っている。だから「はず」と言って嘘にならないように予防線を張った。さらに、そこへ座らないでくださいという忠告も込めて婉曲表現でそう言ったのだが、マサキは全く気にもかける様子がない。
「じゃ、来るまでの間、時間があるね」
この調子なら、たとえ友達が来るまで1分しかなくても厚かましく座っていそうな構えだ。この程度で引き下がらないほど面の皮が厚いマサキに呆れたシオリは、冷たく言い放つ。
「何のご用ですか?」
マサキは、眉を吊り上げ「おっ、興味あるみたいじゃない?」と小声で言って口端を吊り上げる。
「前さあ、『ここで本を誰が書いているのかなぁって、興味ない?』って言ったら、知ってそうな雰囲気だったじゃない? ほら、今もそんな感じの目しているし」
「知りません。はったりですか?」
「シオリちゃん。はったりってねぇ、大声を上げて強気な態度で威圧することだよ」
「いいえ、見ていないことをさも見たかのように言うことも、はったりです」
「ちっ……。んじゃあ、なんで挙動ってるの?」
「そう見えたのなら、錯覚です」
「ホントに知らないの?」
「知りません」
「嘘だったら、後でどう言い訳するの? 僕はシオリちゃんが泣いて言い訳するのを見たくないなぁ」
「しつこいです」
「なら、お店の人に聞こうかなぁ……ほら、また目が泳いだ」
「なんですか? 先輩は刑事ドラマの取り調べのつもりですか? 刑事ぶっているのですか?」
「いいや、別に。カツ丼はおごらないよ。……じゃあ、あのポンコツのアンドロイドに聞いてみるか」
シオリは感情が表に出やすいタイプ。なので、セバス君が自分の時のようにポロッとしゃべってしまうのではないかと不安になったことが顔の表情に出たのだろう。
その表情を目ざとく見つけたマサキがニヤニヤと楽しそうにシオリを眺めた後、右手を挙げてセバス君の方を向き、「おい、君!」と偉そうな態度で呼びつけた。