9.読みたい本をAIがその場で書いてくれる
トイレを出たシオリは、いよいよミキの口から語られる隠れ家みたいな本屋で本が出来るまでの間にコーヒーが飲めるこのお店――AI新書店別館――のことを早く聞きたくて、急いで着席した。
特に『本が出来る』の部分が、本屋に印刷所でも併設されていて、インクの匂いがする刷り上がりほやほやの本が出てくると思えたので、大いに期待で胸が膨らんだ。
きっと、先ほどコーヒーが出てきた四角い窓から熟練工のおじさんが「あいよ」と本を手渡す、とシオリの妄想が広がる。
さっき見た客は全員がスマホを眺めていて、電子書籍をダウンロードして読んでいたようにも見え、一瞬だが納得しかけたものの、紙の本を愛するシオリとしては「紙の本が出来上がるのをああして待っていた」という結論に達したかったのだ。
だが、それは大いなる勘違いだった。
ここの本屋は、焼きたてのパンを売るパン屋を本屋に応用したものではなかった。そんな甘っちょろいものではなく、もっと凄い、未来の夢のような話だったのだ。
ここの本屋は、AI――Artificial Intelligence、人工知能――が、客の注文を受けてから本を執筆して、客がコーヒーを飲んでいる間に電子書籍の形でスマホに提供してくれるのである!
この注文には、次の3つのコースがある。
1)完全お任せコース:ジャンルと作品の長さを指定する。後は全てAIにお任せ。どんなストーリーかは、読むまでわからない。タイトルもAIが決める。
2)要素指定コース:ジャンルと作品の長さの他に、舞台、主人公の特徴、その他登場人物――脇役等――の特徴、作品の特徴などの要素を指定する。それらを必ずどこかに取り入れた作品をAIが書いてくれる。これも、ストーリーは読むまでわからないが、指定する要素によってはある程度想像が付く。タイトルは、これもAIが決める。
3)筋書き指定コース:要素指定コースに、さらに読み手側であらすじを指定するもので、それに沿ってAIが書いてくれる。あらすじを細かくすればするほど、出来上がるストーリーは事前におおよそわかる。タイトルは、AIお任せと自分で決定のどちらかを選ぶ。用意されている要素をカスタマイズしたい場合、あらすじの中で細かく要素を指定する。
この本屋は、その場で本を執筆するサービスだけではなく、すでにAIが執筆済みの電子書籍から選んだり、出版社が扱っている電子書籍から選べるサービスもある。どれにするか迷ったら、AIに選んでもらうことも出来る。これには、客の購入履歴や閲覧履歴からお勧めを提案してくれるやり方と、自分がジャンル指定で範囲を絞るやり方がある。
なお、普通の書店に並んでいる書籍の購入と配送サービスもあるが、これは本のネット注文と何ら変わりない。この店としては、オマケのサービスだ。なお、配送元の住所は、この店が入っているビルの住所になっているが、どこに本の在庫があるのかは誰も知らない。
「だから、ミキが『マジでヤバい本屋』とか『凄いサービスをしてくれる本屋』って言ってたんだ」
「ねえ、驚いたでしょう? おったまげたでしょう? サプライズでしょう?」
「うんうん、確かに。なんか、滅多に使わない言葉も聞こえてきたけど」
「ま、店員がアンドロイドってとこからして、このお店の凄いとこなんだけど」
「そうよねぇ。動きも見たことがないほど滑らかで、人間そっくりだし。あっちの厨房でコーヒー淹れている人は? あの人もアンドロイド?」
「顔見たことないけど、渋いマスターのアンドロイドかも」
「フーン。……で、ミキはこの3コース、全部試してみたの?」
「もちのろんよ」
「試して読んでみて、どうだった?」