89.会いたくない先輩に見つかった
マサキ達は、シオリの真後ろの座席に腰掛けた。
「――でさあ、先輩から指示来た?」「あんた、声デカい」
「地声だから仕方ないっしょ」「誰が聞いているかわからないでしょう?」
「壁にミアリー、障子にメアリー」「ばーか。オヤジのスベったギャグなんか言わなくていいから、静かにしなさいよ」
それからひそひそ話が始まったが、ナナミの忠告が効き過ぎたのか、マサキの声はBGMになんとかかき消される声になった。
何の会話をしているかは知らないが、気になるシオリは小説そっちのけで、後頭部を衝立に付けて耳をそばだてる。
「あの窓の向こうに……があるに違いない」「かも……けど」
「開ける瞬間……してみる?」「でき……でしょう」
結局、二人はコーヒーを頼んで30分ほどで帰って行った。
翌日もシオリが夕方に来店すると、10分後にマサキとヒメコがやってきた。
「デカい声出すなよ」「地声だからしょうがないわよ」
ナナミと立場が逆転したマサキにシオリは笑いを誘われた。
ボソボソと聞こえてくる会話から、二人はAI新書店別館の本店の場所を探ろうとしているようだ。さらに、サーバー室やら人工知能やらの難しい話をし始めたので、シオリは置いてきぼりをくらって吐息を漏らす。
一日の休みを挟んで、禁断症状の出たシオリは電気街の雑踏を早足で抜けて、開店と同時にAI新書店別館の扉をくぐる。
と、その時、ちょうど飲み物を注文するために衝立から顔を出して手を上げているマサキに姿を見られてしまった。
まるで獲物を見るかのような目つきになったマサキは、シオリが彼から一番遠くの席に着いたのを見て眉尻を下げて立ち上がり、シオリの席へスルスルと近づいてきた。