85.カンナの夢
その後、シオリとユキが小説投稿の話を始めた頃、二人のスマホのチャットにカンナが『本屋にいます?』と入ってきた。このチャットはミキも入れて四人だけのチャットなのだが、小説執筆の近況報告や連絡用に使っている。
『ユキちゃんと一緒に』
そうシオリが返したときだった。ニコニコしながらスマホの画面に目を落としていたユキが急に暗い顔になって唇を噛み、躊躇いつつ左耳にスマホを当てた。
「はい……はい………………はい…………………………はい」
シオリの直感が『かかってきた電話は親からだ』と伝えている。スマホを持った腕を脱力するように下ろしたユキは「呼び出されたので帰ります」と力なく言う。
心境を察したシオリが「せっかく来たのに残念ね」と同情の声をかけると、ユキは ハアーッと肺の中の空気を一気に吐き出した。
「心配性の親を持つと……子供が迷惑です」
そう言って苦笑するも、すぐに目を落としてまた涙ぐみ、ショルダーバッグを肩にかけてから一礼して退席した。
ユキの退出をチャットでカンナに伝えたシオリが、恋愛物でSFの要素を入れた短編を注文して書き上がるのを待っていると、ちょうどカンナがやって来た。
「ユキちゃん、そこに座っていたんだけど残念ね」
「そうですか」
そう言いながらドスンと腰を下ろしたカンナは、ショルダーバッグごと体を弾ませる。
「受験勉強が忙しいみたい」
「ですね。あそこ、官僚の一家なんですよ――って口止めされてたのに言っちゃった」
ペロッと舌を出したカンナは唇に人差し指を立てた右手を近づけて「聞かなかったことにしてくださいね」と苦笑いする。
「じゃあ、うるさいのも納得ね」
「その点、うちは和菓子屋で、家業を継げって言う以外は放任主義です」
「受験するの?」
「しません」
カンナは、シオリの言葉とつながる速さで、きっぱり言った。
「じゃあ、お家のお手伝いをしながら――」
「小説を書きます。それらを両立させるのが夢ですから」
「和菓子屋さんって、忙しくて大変じゃないの?」
「お客さんが喜んで買ってくれると、疲れも飛びます。それは、小説もおんなじです。書いた物がどんどん読まれて評価もされて感想も書かれて。どちらもやりがいがあります」
「ユキちゃんも両立できるといいんだけど」
「あそこはダメですよ、親からがんじがらめにされているから。まるでマリオネットです。食事の時も箸の持ち方、茶碗の持ち方、ついでにご飯を食べる順序――どの皿から箸を付けるのか――まで指導されるそうです」
シオリは、それはユキが反抗しているのだと想像した。
「なんとか流の作法まで押しつけられているとか。何の役に立つのかって、いつもぼやいていますよ。親も自由にさせればいいのに」