84.ユキの嘆き
ナナミが店の外へ出てから数分後、セバス君にホットココアを注文しているところにスマホがバイブってメールが届いたのを知らせてきた。
メールアプリの受信箱を開いてみると、ユキからだった。
『シオリさん。ちょっと相談に乗ってください』
チャットでやればいいのにと思ったが、周囲の状況とか出来ない理由があるのだろう。
『店の右奥のテーブルにいます』
これだけの返信を送って待つこと30分。
後ろでセバス君が扉を開く音がして、足音が近づいてきたと思ったら、ユキが悲しそうな顔をして現れた。
ショルダーバッグを長椅子にソッと置いて、静かに着席するユキは、開口一番、
「シオリさん、受験勉強ってどうしていました?」
と弱々しい声で質問してきた。
「大学受験の年でしたね」
「ええ。いつから受験勉強始めました?」
「私はのんびりしていたから、夏休みに入るか入らないかくらいに」
「ですよねぇ!」
ユキは我が意を得たりという顔をするも、すぐに元に戻る。
「ところが、親がうるさいのです。高二から始めるものだと。今では遅いと」
「遅くないですよ。二年は早すぎるかも」
「単に、小遣いが本に化けるのがイヤなのではないかと思うんです。自分達は本を読まないから、本の趣味が理解できないみたいなんです」
「小遣いというよりか、お家の方は受験が心配なのですよ」
「私の場合、読書と小説投稿が生き甲斐なのです。それを取り上げられたら、何も残りません。高卒の作家って、おかしいですか? 中卒の作家さんっていませんでしたっけ?」
「学歴は関係ないと思いますよ。小説を書くのは事前調査が必要ですから、その努力は必要で、ある程度の知識も必要です」
「その知識って、大学行かないと得られないものなのですか?」
「それはないと思いますけど」
慰めのつもりが無責任なことを言っていないか、シオリは不安になってきた。
「ですよねぇ! 親に聞かせたい」
シオリは苦笑し、肩をすぼめる。
「私が有名作家なら説得力あるでしょうが……」
それもそうだと、ユキはしゅんとなる。
「今書きたい小説があるのに……受験で延期したら、書く気力がそがれる。アイデアが次々湧いてくるのに……滅多にないチャンスなのに……」
こういうときに慰める言葉を持ち合わせていないシオリは、同情することしか出来なかった。
それからユキは散々愚痴った後、「ごめんなさい」とテーブルに額が着くほど頭を下げた。
「シオリさんに愚痴っても仕方ないことはわかっています。結局、受験の波に飲まれてしまうことも覚悟しています。親には逆らえないことも……もう諦めています。でも……」
「愚痴を聞いて欲しかったのよね?」
「はい。ごめんなさい」
「どんどん愚痴っていいわよ。そういうのをため込まない方がいいから。スッキリしたら、前に進めばいいから」
ユキはハラハラと涙を落とす。
「……ありがとうございます、シオリさん」
感謝されたシオリも、うっすらと目に涙が滲んだ。