82.謎の質問
シオリが「どうぞ」とも言っていないのに、女性は向かいの長椅子に音もなく腰掛けた。
「あなた、マサキのことをどこまで知っていますか?」
「…………」
黙秘しているように見えるシオリだが、実は、ワンピース姿の幽霊が目の前にいるようで恐ろしくて声が出ないのだ。
「彼はあなたにどこまで話をしましたか?」
「どこまでって……」
また高校時代のイヤな思い出が脳裏をかすめる。しかし、こんな面長な女性は初めて見る顔で、記憶の中には現れない。だとすると、訊いている内容は、最近のことだ。
シオリはそれを確かめるため、遠回しに質問する。
「その、どこまでって、何をですか?」
「何をって……」
シオリの探りに対して、女性も慎重になったようだ。
「元カノのことですか?」
迂闊にヒメコのことは言えないので、いかにも当てずっぽうに言った振りをする。
「ああ、ヒメコが昨日騒いでいた件ですね? それとは違います」
「ご存じなのですか、あの騒ぎのことを?」
「ご存じも何も、昨日、あっちにいましたから」
そう言って、女性はシオリの頭越しに奥の座席――出入り口に近い方――を指差す。おそらく、衝立から顔を半分出して成り行きを見守っていたのだろう。
「元カノのことじゃないとすると、昔話ですか?」
すると、女性が眉をひそめて、軽くため息をついた。
「あなた、シオリさんですよね?」
「そういうあなたは?」
「これは失礼しました。私はナナミと言いますが、シオリさん。あなた、はぐらかすのがお上手ですね」
「はぐらかす?」
「元カノとか昔話とか。こちらが知りたいことを知ってて、そういう言葉、よく言えますね」
「何が知りたいのかわからないので訊いているのですが。それがわかれば、ちゃんとお答えします」
ナナミはタバコの煙を吐くような長い息を吐いた。
「言わないとダメですか……」
それから彼女が長考に入った。