8.会員による紹介制の本屋
「ここだと、ちっちゃい声になっちゃうけど、ごめんね」
そう言ってミキは申し訳なさそうな顔をしつつ、右手で拝む真似をする。
確かにここが一般的な喫茶店なら、普通に――ただし、常識の範囲内の声量で――会話をするところだが、周りが本を読んでいると思うとどうしても声を落とすことになる。室内はBGMで満たされているとはいえ、本に集中したい読者には耳障りな話し声を聞かせたくないという心理が働くのだ。
図書館にいる時よりは大きめで、BGMには隠れないが衝立を越えない程度の声。ミキの小声にそれを感じ取ったシオリは、同じ声量になるように声を落として答える。
「ううん。大丈夫」
「オッケー。でもさぁ、大丈夫って言っておきながら、さっきから店員の方ばっかし目が行っているけど」
やはり、ミキの目をごまかすことは出来ないようだ。
「べ、別に、気があるわけじゃないわよ」
「何、そんなに挙動ってるの? 気があるなんて言ってないのにさぁ。さ・て・は図星かな?」
「違う、違う」
「素直じゃないなぁ」
「そういうミキは?」
「もちろん、タイプ」
「えええええっ!」
「声でかい」
「ご、ごめんなさい」
「フッフーン。ライバルが目の前にいるよ」
「あのねぇ……」
「ねえ、彼の執事姿、格好いいでしょう?」
気があることを白状させようと誘導しているミキの態度がバレバレなので、シオリは警戒を強めるも、格好いいことに対しては否定できない。
「う……うん」
「彼ね、お客の間では『セバス君』って呼ばれているの」
「セバス君って……まさか、セバスチャンの略?」
「そっち方面も、ピンとくるのね。オッケー、オッケー。さてと――」
「ところで、ここって誰かに紹介されないと入れないお店なの?」
「これからセバス君の代理で説明しよっかと思っていたのに、そっちが気になるかぁ……」
「ごめんなさい」
「そうだよ。ここって、紹介制。だから、あそこの扉、フラッとやってきてガンガンとノックしても開けてくれない。ここの会員が知り合いを紹介して、さっきみたいに会員登録した後で、ボタンを押してから入れるようになる」
「だから、ミキが『新規会員の紹介』って言ったのね?」
「そう。ちなみに、会員の携帯番号を使って侵入を試みても、顔認証で入れてくれない。同じ指紋の手袋を付けても、そっくりの顔のマスクを付けても、声紋で見破られる。会員の背中にぴったりくっついて共連で入ろうとしても捕まるよ」
「へー。……で、どうやって私を紹介したの?」
「ここのお店――AI新書店別館って言うんだけど――ホームページあって、そこにあるフォームで事前に『いついつ、こういう人を紹介したい』って連絡するの」
「事前に? じゃあ、すでに私のことを伝えていたの?」
「ごめん。先にシオリの名前と携帯番号教えちゃった、照合用に。だって、そうしないと、ここで会員登録すらできないから」
「言ってくれれば」
「ごめん。サプライズのつもりだったんだ。凄いお店を――マジでヤバい店を紹介して驚かせようと」
「ミキは誰かに?」
「私が師匠と仰ぐ先輩に」
「へー」
「そっちもサプライズで紹介されたんで、私もシオリに――」
「そういうこと……」
「じゃ、システムの説明を――」
「その前に、ごめん、トイレ」
「後ろの扉がそう」
「ありがとう」