70.不可解なカップル
マサキは、「あ? ……ああ」と言葉を濁す。シオリは、その不明瞭な言い方から『私が近くで聞いているから本当のことを言いにくいのではないか?』と感じた。
女はそんな彼の態度に何も感じないのか、遠慮なしに問いかける。
「ちゃんと客対応出来ていたみたい?」「まあ……」
「酒は笑ったけど」「そう?」
「メニュー見ろって切り返してきたとき、やるじゃないと思った」「そ……」
「こちらの曖昧な注文に暴走しないみたいね」「まあ……そんな感じ」
「でも、ポンコツロボットにしか見えない。給仕がいいとこよ、あれは」「なんで?」
シオリは、セバス君が小説を執筆していることを知っているだけに、拳で後ろの衝立を叩きそうになった。それで体が動いたため、背中が衝立にぶつかり、女に聞こえるような音を立ててしまった。
「――っ!」
あれだけ声がデカい女が、急にヒソヒソ声になった。BGMとしてチャイコフスキー作曲のバレエ『くるみ割り人形』から『花のワルツ』が流れていたが、シオリは、こういうときこそ少しの間だけでいいから、機械が一時的に故障して音が途絶えて欲しいと切に願った。
(この二人、何しに来ているのだろう? セバス君の動きを試している? 何の目的で?)
シオリは、衝立を振り返り、その向こうで額を寄せて声を殺す二人の姿を思い描いていた。