7.アンドロイド執事
扉を閉めてガチャリと鍵をかけた店員がミキの前に回り込み、「こちらの席へどうぞ」と言って二人を部屋の左奥へと案内する。
座席の2つの列の間にある通路を、シオリはミキの真後ろに付いて歩く。進行方向右側は衝立で頭しか見えないので、左側の客の様子を横目で見る。途中の2つの席に一人ずつ若い女性が、1つの席に年配の男女二人が座っていた。
テーブルには各人の前にコーヒーカップと皿が置かれていて、全員がそれには手を付けずスマホの画面に目を落として没頭している。斜め上から見下ろす角度では、覗き見防止対策を施している画面に何が映っているのかまではよくわからない。
この様子では、どう見ても彼らは喫茶店でスマホを眺めているとしか思えず、ますます本屋の様相を逸脱している。
だが、ここが本当に本棚のない本屋だと仮定すると、好きな本を電子書籍の形式でダウンロードして、心地よい音楽に囲まれながらコーヒーをすすってそれを読んでいる、と考えれば彼らの過ごし方には納得がいく。
でも、シオリはまだ「あの人達は紙の本を待っているのでは?」という疑問を捨てきれないでいた。
一番左奥のテーブルに案内されたミキは、早速体を左横へ滑らせるようにして長椅子へ着席する。シオリは、座席の真後ろの壁にドアがあって『TOILET』の表示があったので、あそこがトイレだと確認した後、それに背を向けてミキの向かいの長椅子へ静かに腰を下ろす。
着席したミキは、シオリの方へ近づいてきた店員にすかさず「私が説明しますから」と告げると、彼は笑顔で一礼して去って行った。
ミキが小声で「初めての客には、彼から一応、店のシステムについて説明があるんだけどさ」と言葉を切ってから、シオリに向かってウインクをしつつ「今日は私がとことん教えてあげる」とガイド役を買って出る。
丸テーブルを挟んで向かい側のシオリは、そんなミキの嬉しそうな顔よりも彼がどこへ行くのかが関心事だった。彼の背中を目で追っていると、出入り口の左横へ音も立てずに――おそらく、BGMより静かに――歩いて行って、クルッと壁に背中を向けて立った。
視線は正面の壁に向かっているが、時折周囲の客に目を配っている。何だか、若い執事が客から呼ばれるのを待っているような構えだ。
アンドロイドの割には動きが滑らかで、ぎこちないところは皆無。「彼は実は人間です」と紹介されても誰も疑わないだろう。
彼の立つ位置の左に真四角の窓があり、木製の扉が閉まっていた。きっとあの向こうが厨房なのだろうと思っていると、ちょうど扉がスーッと上向きに開いた。その開く音に反応したのか、彼はクルッと体を90度右へ回して静かに窓の方へ移動する。
窓の向こうは白衣に包まれた体が胸から腹まで見えていて、湯気が立つコーヒーカップが皿に乗ってスッと差し出された。彼はそれを受け取ると、衝立で隠れている隣の列の客へ運んでいった。この動作もよどみない。
本当にアンドロイドなのだろうかと一挙手一投足を注視していると――、
「そろそろ、ここのシステムを説明するよ」
「は、はい」
アンドロイドの身のこなしをつぶさに観察していたシオリは、ミキが吐いた嘆息混じりの小声で我に返り、待ちくたびれた表情の彼女へ目を向ける。すると、ミキが白い歯を見せて頭を少し下げ、シオリを下から覗き込む。
「イケメン店員、気になるんでしょう?」
「えっ……」
「隠しても目でわかる」
「んもう。それより、説明をお願い」
「上の空にならないようにね」
「大丈夫」
そう言いながらも、シオリは横目でチラチラと店員の方を向いてしまうのであった。