67.カップルに席を奪われる
髪型も肌の色もまるで変わっているが、顔は高校時代と何も変わっていない。
彼は、憧れの先輩、マサキに間違いないはず。
そう、文学少女が苦手なはずの――。
それが、本好きが集う会員紹介制の本屋に足を踏み入れている。
(まさか……双子?)
いるはずのないマサキ先輩がここにいる理由としてシオリの頭の中に真っ先に浮かんだ可能性は、ヘラヘラと笑う女性の言葉で打ち砕かれる。
「マサキ。今日は来ないんじゃなかったの?」
マサキ……。憧れの先輩の下の名前。
これで、双子でもそっくりさんでもなく本人であると確定し、シオリの記憶の扉が大きく開かれる。封印していた彼の記憶が堰を切ったように溢れ出たシオリは、心臓がキューッと締め付けられるのを感じた。
「急に行けるようになってさ……。ん?」
マサキが女性からシオリへ視線を移した。
彼の笑顔が徐々に真顔になる。そうして、マサキの登場で体が固まったままのシオリの顔を見て、半眼になったり眉に皺を寄せたりして何かを思い出そうとしている。
無言の彼が見せるその表情を、女性は今いる席が埋まっていることへの戸惑いと捉えられた。
彼女はシオリの方をイヤな物でも見るかのような目つきで睨み、さも残念そうな顔をマサキに向けて「ああ、空いてなくてねぇ」とわざとらしいため息と一緒に言葉を吐く。
睨み付ける目は、明らかに『状況を察して、席をどいてくれ』と言っている。それに耐えられなくなったシオリは、
「あっ、どうぞ。私、他の席へ――」
「いいって、いいって」
作り笑いを浮かべたマサキは申し訳なさそうな顔で取り繕うが、女性は勝利したかのように笑い、「どうもありがとー♪」と、ぶりっ子の声で心にもない礼を述べる。
「悪いねぇ」
彼のすまなそうな言葉は心から出ていると信じたいシオリは、軽く会釈をして去ろうとしたとき、接近したマサキは何かを思い出したかのように、「ああ……」と小さく言葉を漏らした。
その短い言葉をしっかり耳に捉えたシオリは「ああ……(あいつか。苦手な文学少女の)」と言っているかのように聞こえた。
シオリは、座っていた席から見て店の出入り口に近い方――ただし、隣り合わせ――の空席に座り、衝立に後頭部をくっつけて耳をそばだてる。声の大きさから、女性はシオリの真後ろにいるらしい。
「なんでこの席取っておいてくれなかったの?」「ここだったっけ?」
「そうよ。私は、いつもここ」「そっか」
どうりで相席で割り込んできたわけだと、シオリは納得した。
「恋愛物、今日もいけてるよ」「フーン」
自分が教えたことを、さも自分が調べたかのように言う女性。さすがのシオリも腹を立てた。