61.来店の目的
「今日は来ていませんが、友達にカンナがいまして」
「ああ、こないだの方ですね」
「ええ。彼女、本人はバラされたくないらしいのでユーザーネームは言いませんが、同じサイトの仲間なのです。その彼女が、この店を紹介してくれまして」
「そうでしたか」
「執筆に行き詰まっていたところ、『もっと本を読め』と。『ここなら、安いから』と」
「確かに。普通の書店では、こちらのお店の値段で新作を買えません」
もちろん、飲み物代やケーキ代を抜いての話であるが。
「AIが書くって想像できなくて、そんな馬鹿な、あり得ないと思っていたのですが、お任せコースで質の高さにビックリして、要素指定コースで打ちのめされた気分になりました。なぜこれらのキーワードの組み合わせからこの作品が生まれるのかと」
キーワードは要素のことだと、シオリは頭の中で補完する。
「ちゃんと要素を使っているのですから、私も驚きました」
「要素……ああ、そうでした。その要素の矛盾する組み合わせは、さすがに拒否られますが――」
やっぱりそうなんだ、とシオリは納得した。自分が読みたい小説に必要な物を指定していたので、デバッグみたいに『これとこれを組み合わせたら矛盾が起きないか』という観点で要素を指定していなかったのである。
「矛盾はしないけど、これとこれを組み合わせた小説は今まで読んだことがないので、どうなるかと試したら、意外な食材の組み合わせが想像を超えたおいしい料理を作る、みたいな感動をもらうことがあります」
ユキは相当いろいろな組み合わせで試しているらしい。
「私は、VRMMOと恋愛を組み合わせて、涙を誘う作品が出来ました」
「あ、それ、今度紹介してください。読みたいです」
「後で紹介しますね。……ところで、ユキさんの来店の目的って何ですか?」
ちょっと話が飛躍しすぎたかと思ったものの、シオリとしては訊いておきたい事柄だった。なぜなら、作家がわざわざここへ訪れる理由が気になったのだ。
意外な話の方向転換にユキは一瞬戸惑うも、すぐに笑顔に戻る。
「ここなら、安くてたくさんの新しい本が読めること。そして――これが一番なのですが――刺激や驚きをもらえること、ですね」
「例えば?」
「筋書き指定コースで、自分が考えたあらすじをAIに与えると、AIがどんな小説を書くのか試すのですが、これが毎回驚くのです。自分ならこういうストーリー展開で、というのがあるのですが、それを越えて書いてくるのですからビックリです」
シオリは、まだ筋書き指定コースで書いてもらっていないので、無言の笑顔で頷く。ユキはそう言うと、急に寂しそうな顔になった。
「裏を返せば……自分はまだまだってことです」