60.完成しない作品たち
ちょうど、セバス君が飲み物を運んできた。テーブルにコースターやコップを置くときの手つきが慎重で小刻みに揺れるので、どうしても手が出てしまいそうになる。セバス君が去った後、シオリがその話を持ち出すと、ユキも同感だという。
口に手を当てて静かに笑うユキが、「そういえば――」と切り出した。
「お名前を伺っていませんでした」
間接的に聞いていたシオリだが、もちろん、知らないで通す。
「そうでした。お互いに自己紹介が遅れていましたね」
シオリの方から先に名乗り、ユキも名乗ったが、早くも互いに下の名前で呼ぶことが決まった。
「ユキさんが熱く語ってくれたおかげで、恥ずかしがらずに投稿しようかなと思いました。ありがとうございます」
すっかりその気になってきたシオリは、吹っ切れた表情でユキに感謝の言葉を伝えた。
「それは良かった。是非、シオリさんの小説を読ませてください」
まだ、ぎくりとするシオリだが、平静を装う。
「投稿サイトのおすすめは、ありますか?」
「私の所で良ければ」
ユキは、サイト名と自分のユーザーネームのメモをシオリに渡す。シオリは、早速スマホからそのサイトへアクセスし、ユキのユーザーネームで検索すると、20作品もヒットした。
「たくさん書いていらっしゃるのですね」
「エターが多いですが……」
「勉強や宿題が忙しくて――とか?」
「それを理由にする人をいろいろ知っていますが、私はそんな責任転嫁をしません」
「と言いますと?」
「単純です。行き詰まるのです」
ユキは、躊躇うことなく、自分が途中で挫折することを打ち明けた。