56.乱立するあだ名
ユキは、シオリの顔を見て吹き出しそうになるのを堪えた。
「本人は名乗りませんが、みんなそう言っています。なぜか、マイケルなんて呼ぶ人やルークなんて呼ぶ人もいますが、少数派ですね。セバス君は初めてです」
「そ、そうなんですか……」
シオリは、セバス君がミキだけの呼び名なのかを彼女に問いただそうと決意する。
「バトラーと聞くと、『風と共に去りぬ』を読んだ人はレット・バトラーを思い出すみたいですが、もちろん執事の意味です」
ユキがそう解説しているうちに、セバス君というかバトラー君がテーブルの横に立ったので、彼女は「ロイヤルミルクティーをアイスでください」と慣れた口調で注文する。
シオリが解せない表情で「アイスコーヒーでお願いします」と続けると、客によって二つ名の呼び方の異なる店員が「かしこまりました」と承って去って行った。
「セバス君って、もちろんセバスチャンから来ていますよね?」
「え……ええ」
「バトラーより良いかも。私も、セバス君にしようかな」
ユキは、白い歯を輝かせた。こんな笑顔も見せてくれるのだと、シオリは感激した。これで、セバス君と呼ぶ同盟に新メンバーが加入したことになる。
店員は、よく見ると名札を着用していない。訊いても自分から名乗らない、これは、迂闊にサーバー名を口にしないよう名前を明かさないからか。それが、客の憶測を呼び、思い思いに名付けたあだ名が友人の口を通じて広まり乱立しているのだろう。
「ところで」
ユキが、少し真面目な顔になって切り出した。