55.店員の別名
「私は、家業を継げと言う親に逆らえなくて進学しました」
「経済学部――とかですか?」
「経営学部です。いろいろ覚えることが多くて忙しいですが、勉強に時間を費やすと好きな読書が出来なくなるので、時間を捻出して、本を一冊でも多く読むようにしています」
「本代ってどうしています? バイトですか? ……あっ、家業ということは、お家の手伝いとかやって、お小遣いでもらうのですか?」
「手伝いではお金をもらえません。バイトを――社会勉強のつもりで――少しやっています。時間の許す限りですが」
「やっぱり、バイトは必要ですよね」
シオリは「ユキさんは」と相手の下の名前を言いそうになって、言葉を飲み込む。ユキが大学生の自分に関心を持ってくれるのがとても嬉しくて、つい、親しく声をかけてしまいそうになるが、昨日耳にした彼女の下の名前をここでいきなり呼ぶのは時期尚早だ。
「ところで、今バイトやっているのですか?」
「やりたいのですが、親が許しません。小遣いから本代を捻出しています。好きな本が増えて、ちょっと困っていて……。新刊本は安くないですし」
「その点、ここのお店で書いてもらえば、安いですよね?」
「ええ。中古本の値段で新刊を買えるようなものです。とても助かっています」
進学の悩みという暗い話題から逸れてきたので、話を一気にこのAI新書店別館へ持っていこうと、シオリは画策する。
「そろそろ、飲み物でも注文しましょうか?」
「はい」
「セバス君を呼びますね」
そう言って、シオリは後ろを振り返って衝立から顔を出すと、ちょうどセバス君と目が合った。
「セバス君?」
後ろから聞こえたその声に振り返ると、ユキはきょとんとしている。
「もしかして……彼のことですか?」
今度は、ユキが衝立から顔を出した。すると、二人が顔を出したものだから、セバス君が近づいてきた。
「ええ」
「彼の名前は、バトラーですよ」
今度は、シオリの顔がきょとんとなった。