49.自分のお気に入り席を他人用に空ける
翌日の午後、シオリはまたミキに振られて一人でAI新書店別館へ向かった。大雨だったせいもあり、空席情報を見ると三人が各テーブルに着いている。さすがにこの天気では出足も鈍るのか。
二人で1テーブルが埋まっている箇所がないので、ユキとカンナがいる可能性はない。しかも、ユキとシオリがバッティングするテーブルは空いている。
シオリはそれでも心配なので、小走りで電気街を歩き、店に滑り込む。セバス君の「お好きな席へどうぞ」の言葉に安心し、思い出のテーブルを目指す。
ところが、座る段になって彼女の心に迷いが生じた。どちら側の席に座るべきか。あるいは、このテーブルは空けておいて最初から他のテーブルへ座るべきか。
もし昨日のように壁に背を向けて座ると、ユキのお気に入り席を『これは私の席です』と主張しているようなもの。だからといって、向かい側に座るのも『座りたいだろうから、空けときましたよ、どうぞ』と言っているようなもの。他のテーブルに移動するのも、似たり寄ったりだ。
「どうぞ、おかけになってください」
なかなか座らない客を心配したセバス君が、後ろから声をかけてきた。
「は、はい」
背中を押された気分になり、咄嗟に間近な席――壁を向く側の席に着いた。ユキのお気に入り席を譲った形だ。
彼女は、『この天気じゃ、ユキさんは来ないだろう』と自分に言い聞かせ、空いているお気に入り席に目をやる。
(こういうときに、ミキがフラッとやってきて向かいに座ってくれればいいのに……)
そう思いながら、ブレンドコーヒーを注文し、やおらスマホの操作を開始する。今流れているBGMはパッヘルベル作曲のカノンだが、この曲がお気に入りの彼女は、鼻歌でユニゾンしながら体を左右に揺らした。