48.二人の女子高生に自分達を重ねる
シオリの席交換の提案に、ユキの顔はみるみる困惑の色に染まっていく。何か言いたそうでそれが声にならない様子に、シオリまでユキの困惑が伝染する。
(かえって困らせてしまったかしら……)
もしかして、『そんなに座りたいなら交換してあげるわよ』って不満を婉曲的にぶつけてきた、と勘違いされた可能性もある。好意が仇になったのなら不本意だ。
ところが、そんな気持ちも知らないカンナは、横からあっけらかんとした口調でシオリの提案を受け入れた。
「そうですかー? どうもすみませーん。ここ空いてなかったんで、座れなくて」
その時、シオリは初めて左横を見上げ、カンナと呼ばれた少女の顔を見た。彼女はユキと同じ制服に身を包み、「私、向こうなんで」と左隣の衝立を指差して笑っている。向こうに行けと言うことを暗に言っているのだ。
ニキビの多い丸顔に茶髪のツインテールで、ちょっと太めの体型の彼女の屈託のない笑顔から出たお礼の言葉は、せっかく気を遣ったシオリに対して交換するのはさも当然とでも言っているかのよう。
いらついたシオリだが、ここで伏し目がちにすぐに席を立つとそのいらつき度合いがバレるので、自席に戻ったカンナがショルダーバッグを肩にかけてアイスティーのコップとコースターを持って近づいてきたタイミングで自分も席を立つ。
ユキはシオリと目を合わせないようにしていたが、シオリがカンナと通路ですれ違うタイミングで席を立ち、シオリの座っていた席へ移動して静かに腰を下ろした。
左側の席に平行移動したシオリは、ユキとカンナが着席するのをチラッと確認しつつ壁側を背にして座り、右耳をそばだてる。右の衝立が邪魔していて――というより、ちゃんと機能していて、声はカンナの大きめな声しか聞こえない。
「この席、取ろうとしたら、先に取られててさぁ」
よく通る声は、地声かシオリに聞かせるために一段階引き上げたのか。カンナの言葉にシオリの心臓がズキンと跳ねたが、おそらく自分が来る前に座っていた客のことだろうと思い直す。
「プロット出来た?」「@★*&」
「PV数、先週ガンと伸びたのに、今週減って残念ね」「§※▼◎」
「ブクマ剥がしにもあってるし」「…………」
「気にすんなって。うちもそんな経験豊富だし」「*#%☆◎■£」
「何、またエター?」「…………」
シオリは、カンナの言葉から、ユキは小説投稿サイトで小説を公開している作家ではないかと思えてきた。それにしても、ユキは何を言っているのかサッパリ聞こえない。
(そんな作家が、なんでこの店に……?)
彼女は、右の衝立に寄りかかり、耳をくっつけんばかりにして会話を拾う。最初はイラッとした相手だが、作家らしいことがシオリの関心を引いたようだ。
しかし、ユキがこれ以上この話題を引っ張らないようにカンナへ忠告したのか、急に話題が切り替わった。
「今日のお任せ、なかなか冴えているよ」「☆★○◇$」
「要素指定もいけてるし。今日は当りの日だね」「¥£#◆*」
(カンナさんって、うちのミキみたい)
シオリは、今よりもずっと内気な自分の姿をユキに見ていた。
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