45.遅れてやって来た女子高生(2)
「いらっしゃいませ。さあ、どうぞ」
挨拶するセバス君にシオリは思わず名乗りそうになったが、当然、携帯番号の照合と指での生体認証と顔認証まで済んでいるだろうから、シオリであることを名乗らなくて良い。
背後に近づいてくる女子高生の足音から逃げるように店内へ滑り込むと、心地よいBGMに包まれる。今日は、ヨハン・セバスチャン・バッハ作曲のカンタータ第140番『目覚めよと、われらに呼ばわる物見らの声』だ。
壁に掛かっている風景画が全て替わっていた。デジタルサイネージディスプレイでも埋め込まれていて絵画を表示しているのなら、一瞬ですげ替えられるだろうが、肉筆で描かれているっぽいので、本当に何枚も風景画を所有しているようだ。
セバス君に案内されなくても席はわかっているが、シオリは彼の後ろに従い、横目で先客の姿を見る。朝からずっと入り浸っている人達の職業を推測しているうちに、待ち望んでいた空席が見えてきた。
昨日も座った席へ壁に背を向けてサッと体を横に滑らせるが、お尻はゆっくりと下ろしておしとやかに着席する。ここでスマホで空席情報を確認すると、当たり前ではあるが、空いているテーブルはなくなった。
セバス君が、シオリの着席を最後まで確認せずにドアの方へ向かう。他の客の飲み物でも取りに行くのかと思ったシオリが衝立から顔を出すと、彼は解錠して扉を開けた。
(まさか……)
そのまさかだった。彼が店内へ迎え入れたのは、先ほどの女子高生だったのだ。