4.店員はアンドロイド
「いらっしゃいませ。……そちらのお客様は、お連れ様ですか?」
突然の好青年出現に狼狽し鼓動が高まったシオリは、顔をジロジロ見られて恥じらいながらミキの背後へ体を半分隠した。
青年店員は奥から聞こえてくるピアノとオーケストラのBGMと一緒に廊下へ歩み出て、後ろ手に扉を閉める。彼のその行動を『私をよく見るために近づいてきた』と勘違いしたシオリは、さらに肩をすぼめてミキの後ろで小さくなった。おそらくは彼はBGMを廊下へ漏れないように配慮したはずだが、咄嗟にそうは気づかない。
ただ、こんな反射的に姿を隠す態度を取ると、店員から見れば自分が怪しい客に思われやしないかと心配になり、ジリジリと右横に足を動かしてミキの後背から顔を出した。シオリの頭の中では、『こんなにラフな格好ではなく、もっと着飾っておけば良かった』と後悔の言葉が渦巻き、恥ずかしくて顔が熱を帯びてくる。
耳まで赤くなったシオリをよそに、ミキは嬉しそうな声を廊下に響かせる。
「予約の時にお伝えした、新規会員の紹介です」
鼓膜に届いた意外な言葉に、店員より早くシオリが反応した。
「会員?」
背後の反応に顔を動かさず目だけ動かしたミキは、笑顔を崩さずに店員の言葉を待つ。当の店員は、そんなミキから視線を切って、ミキの肩口から覗き込んでいるシオリに向かって「全身を見せて、こちらを向いてください」と請う。ミキは後ろを振り返り、「なんだ、まだ隠れていたのか」とつぶやき、ニヤリと口端を上げて左横へ体を大きく平行移動させた。
ミキという防壁がなくなって冷たい風が正面に当たる錯覚が起きたシオリは、男性と一対一でこんな真正面から見つめられることに慣れていないので目をそらす。それを見た店員が「こちらを向いてください」と事務的な固い口調で念押しする。観念した彼女が好青年の眼ではなく唇の辺りに視線を向けてから3秒後――、
「画像登録しました。それでは、こちらのボタンで、ご自分の携帯電話の番号を打ち込み、最後に井桁――シャープを『いいです』と私が申し上げるまで長押ししてください。その後で、お名前をフルネームでおっしゃってください」
ボーッとして立ち尽くすシオリの左肩を、しびれを切らしたミキがポンと叩く。
「ねえ。あんたがやるのよ、シオリ」
「えっ? 私が? 何を?」
「まさか聞いてなかったってオチ? 彼に見とれていたとか?」
耳も頬も赤く染まるシオリを見て冷やかしたミキは、店員の指示をかいつまんで説明する。
「――っていうのを、あんたがやるの」
「は、はい……。ねえ、その前に、画像登録って何?」
「そっちの説明から? えっと、ここの本屋の会員登録のために、あんたの写真を撮ったの」
「いつ?」
シオリは、カメラも持たずに立ったままの店員の、特に手の付近を刮目する。
「今、こちらの店員さんが自分の目で撮ったの」
「――!」
「彼、アンドロイドなの」
まん丸に見開かれたシオリが好青年を凝視する。
「ア、アンドロイド!?」