34.同じ小説は一つとして作られない
要素指定コースの画面に目を落としたシオリは、もう一度過去に指定した要素を組み合わせて短編を注文することに決めた。前回、良い結果になったから、きっと次もよい作品を書き上げてくれるだろうと期待も膨らむ。
ところが、いざ注文をする段になって、スマホの画面の上で人差し指が宙に浮いたままになった。
さすがに同一の登場人物に同一ストーリー展開というひどい結果になることはないだろうが、かなり似通ったお話になったらどうしようという不安が心の中に渦巻くのだ。
似通った本は2冊も要らない。お金がもったいない。さあどうしようと迷う彼女の人差し指が、スマホの画面の上で上下する。
しかし、逡巡は長くは続かなかった。一度はしぼんだ決心が、途中で割り込んできた不安な気持ちを押さえ込んで逆転サヨナラ勝ちをし、前回と同じ要素指定のまま指先が弾むようにスマホの画面をタップした。
そうして出来上がった小説を読んだ彼女は、度肝を抜かれてしまった。同じ要素の組み合わせにもかかわらず、登場人物の名前も性格もストーリー展開もまるで違う作品が書き上げられたのだ。もちろん、指定した要素は全て入っている。チョロッと要素の単語だけ物語の中に挿入して、入ったことにしておけなんて露骨な手抜きをAIはしていない。
この実例ではっきりした。指定された要素の組み合わせが全く同じでも、内容が異なる小説が書き上がるのだ。当初、この仮説を立てたが、ここでその仮説が正しいことが実証された。
同じ小説は一つとして作られない。
注文を受けて、それこそ無限の数の小説をAIが執筆し、客に提供する書店。
驚きのあまり言葉が出ないシオリは、イケメン店員のセバス君が横を静かに通り過ぎようとしているのに気づいた。彼女は、素晴らしい作品を提供してくれるお店への感謝の言葉をどうしても伝えたくなって、反射的に彼を呼び止めた。