30.要素の組み合わせとストーリー
主人公の女の子がゲーム内でイケメンに恋をしたり、片思いの男子も登場したり、確かに恋愛路線は貫かれている。
しかし、ゲームで不正を働くチートプレーヤーを懲らしめて、めでたしめでたしで終わる話ではない。片思いの男子と晴れて友達からお付き合いするハッピーエンドでもない。
冒頭で湖透先輩が睦海に対して急に冷たくなった伏線が、最後の場面で見事に回収され、涙を誘うエンディングになっているのだ。
VRMMOの要素を入れたので、ちゃんと海戦物のバトルになっていたが、指定された複数の要素のおかげでこのお話が編まれたとは考えにくい。同じ要素を指定すると必然的にこのストーリーが導き出されるというほど、要素間に納得できるような緊密な関係がないからだ。
つまり、要素にはある程度柔軟な幅があり、それらが複数組み合わされたとしても、ストーリーの糸は一本にはならない。複数あるストーリーの可能性のどれを選ぶかは、AI次第である。
ただし、現段階では実際に同じ要素で注文したわけではなく、あくまでまだ仮説ではあるが。
シオリは、ふと思う。もし要素で「憧れの先輩」を指定しなかったら、引き裂かれた姉妹が憧れの先輩だったという物語になっていたのだろうかと。AIが要素一つでどのようなストーリーに置き換えるのか、実に興味深い。
すでに次の新作が完成していたメッセージを見過ごしたことに気づいたシオリは、その新作を後回しにして、今読み終えた物語を後ろの方からめくっていき、悪役ヨシツネの言動を読み返した。
ゲーム内で暴れ回るヨシツネも主人公と同じ学校の生徒らしいが、そこはリアルバレはせず、皆の憶測のまま終わっている。生徒会会長選挙で落選した見栄っ張りの候補者か、相次ぐ部員の脱退で廃部に追い込まれたメカオタクの部長か、それともタカビーなお嬢様か。
正体はなんであれ、ヨシツネがチート能力を手に入れた背景には、少し同情した。ゲームを荒らしたことは許される行為ではないのだが、これで立ち直って欲しいと願わずにはいられなかった。
シオリが感動に浸っていると、正面にいるミキが自分のスマホとこちらの顔との間で視線を往復させていることに気づいた。