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26.新作が待ち遠しい

 ミキがレモンスカッシュを注文するというので、シオリはアイスレモンティーを注文した。これで新作を短編で2冊、中編なら1冊追加注文出来るようになったのだが、彼女の場合はそれよりも喉が渇くのを何とかしたいという思いがあった。


 この店内に入ってからずっと今まで、適度な音量で耳に心地よいクラシック音楽がBGMとして室内に流れている。


 今は、モーツァルトのホルン協奏曲第1番ニ長調のロンド。彼が友人のロイトゲープに捧げたこの曲は、高齢な友人のために音域を下げ、さらに速度記号がアレグロ――快活な――なのに、ソロパートはアダージョ――緩やかに――というギャップで笑いを誘うもの。でも、この優雅な曲を聴いているとジョークに込めたモーツァルトの真意など彼方へと消え去る。


 しかし、そろそろ優雅どころではなくなってきた。空調は少し肌寒く、時たま喉に唾液を流さないと咳が出そうなほど乾燥している。地下で湿っぽくなるから湿度を下げているのかも知れないが、自然に飲み物の注文へ誘導しているなら、店側の術中に陥ったことになる。


 ミキの先輩なら、おそらく「ここはサーバー室じゃない?」とミキに冗談を言ったかも知れないが、シオリにはそこまで想像を巡らすことは出来なかった。


 飲み物が運ばれて来る間、中編の新作はまだ出来上がっていないので、手持ち無沙汰なミキが「そっちのを読ませて」とスマホの交換を提案してきたが、シオリはもう一度読みたいと理由をでっち上げて丁寧に断った。


 実のところは、ミキみたいにどんなジャンルでもOKなほど守備範囲が広くないので、相手の読んでいるSFの世界に入れず、画面からすぐに目を離すのは失礼かと思ったからだ。今日のミキは、ちょっとした相手の仕草から鋭く感情を読み取るエスパーになっているので、あくびを噛み殺すことすら禁物である。


 待ちくたびれていたところに、セバス君が飲み物を運んできた。テーブルに置かれたグラスには氷が多めのアイスレモンティーが注がれている。普通ならかさ増しかと憤るところを、シオリはかえって助かったと思い、氷が水になるまで頑張るぞと誓う。


 AIの執筆状況は40%。完全お任せの時より2倍は長いと聞いていたが、実際にこれほど待たされるとなると、お預けを食らった子どものようにだだをこねたくなる。その気持ちが伝わったのか、ミキがまたニヤけている。


「筋書き指定コースの方が、それよりさらに5割増し長いからね」


「時間のこと、何も言っていないじゃない」


「おかしいなぁ、終わらないぞ、って顔している。でも、完全お任せの倍は覚悟しないと」


「ところで、読んでいる最中に、次の新作を注文、って出来るの?」


「話をそらしたか……。出来るよ。バックグラウンドでね」


「そうするわ。今までの飲み物注文で増えた分を全部一気にバックグラウンドで――」


「1冊書き終わらないと、次の注文は出来ないよ。いちお、言っておく」


 ミキの忠告に、我ながら良いアイデアと心が躍ったシオリは意気消沈した。

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