16.初注文に悩む
ミキがセバス君を呼んでチーズケーキとダージリンをセットで注文する。続けてシオリも同じ物を注文したが、ドキドキして台詞を噛んだだけではなく、BGMにかき消されるほどの小声だったので、セバス君に「もう一度お願いします」と言われて頬も耳も赤くなった。
セバス君の背中を見送ったミキが、しょんぼりしているシオリの方へ向き直ってニヤニヤと笑う。
「何、カチンコチンになってるの? 見てるこっちまでハラハラするわ」
「ミキみたいに慣れていないんだから、仕方ないでしょう?」
「台詞を噛むのも声が小さくなるのも、慣れの問題じゃない。シオリなら、何度やってもおんなじになるな」
ミキは、シオリがセバス君を意識していると思ってそう言うが、実のところは高校時代に男性に振られてからうまく会話が出来なくなったことが原因の一つである。
軽くプーッと頬を膨らませたシオリを見て楽しんだミキは、スマホに目を落として画面を指でタップしたり滑らせている。
シオリも自分のスマホの画面を見ると、「お支払いはクレジットカードですか?」というポップアップメッセージが表示されていた。注文したから自動的に表示されたのであろう。
キャッシュレスで自動的に引き落とされる方が簡単ではあるが、本に夢中になって金銭感覚が麻痺して際限なくなる可能性もあるため、財布の紙幣を数えた後「NO」を選択した。
すると、「本日のお会計は全て現金となります。お帰りの際に、トップページの『明細』ボタンをタップして店員に画面を提示してください」とメッセージが表示された。勘定書きを渡されるのではなく、2次元バーコードを読み取ったスマホの画面に明細が表示されるのだろう。シオリが試しに『明細』ボタンをタップすると、「ケーキセット(チーズケーキ、ダージリン) 1500円(税別)」と表示された。
(税金忘れてた……)
シオリは指を浮かせたまま苦笑し、しばらく明細を見つめていたが、フッと短いため息を吐き、明細画面からメニュー画面に切り替えた。
彼女はまず、ミキにも言った通り、要素指定コースを選択する。そして、今読みたい小説としてすでに口にしていた『現代日本を舞台にした恋愛小説』を書いてもらうために要素を選択していると、他の要素へ目移りしてしまう。仕舞いには、あれもこれも気になり始めて心が揺れ動いた。
(勝手にストーリーを決められるのはイヤだから、筋書き指定コースにしようかしら? それも面倒だから、いっそのこと、完全お任せコースにしようかしら? ……ああ、どうしたらいいのかしら)
悩むシオリが右手で頭を掻いていると、ミキが顔を上げて口角を吊り上げる。
「何、悩んでんの? 要素が選べないとか?」
シオリは、頭皮に立てた指先を髪の毛に滑らせ、腕をスッと下ろして反論する。
「別に。ミキと違って、まだ慣れてないし。……それより、ミキは何にしたの?」
「さっきのケーキセット、結局おそろにしたから、選べないのがよくわかる」
「ねえ、完全お任せコースにしたの?」
「はいはい。したよ。まずは席に着いたら、店長お勧めを頼むのが常識でしょ?」
「その後で、今日の気分で、自分の好みの小説を書いてもらう」
「そゆこと。せっかく、ケーキセットで最大3冊出来るんだから、いろいろ楽しまなくちゃ」
「完全お任せって、本当に面白い?」
「総じて面白い」
「何それ」
「外れもたまにあるけどって意味」
「予防線張って……」
「だてに金は取ってないと感じる面白さ――ならわかるかな?」
「その感覚は、人による」
「まあ、物は試し、あれこれ悩まず、完全お任せにしてみたら? AIの実力がわかるし」
シオリは頷いて、完全お任せコースの画面に切り替えた。