119.ユキとの和解(2)
ユキは、まず経緯を話すより先に、自分の家庭教師についたマサキの契約を親が解除したことを明らかにした。当然のことではあるが、非常識な言動を平気で取るマサキを娘の家庭教師役にするわけにはいかないからだ。
それからユキは、マサキを雇う経緯から順を追って説明を開始した。
マサキはT大学の優秀な学生という前評判で、とある塾講師の友人の紹介でユキの親の前に現れた。スーツを着て髪型もビシッと決めた好青年がハキハキとしゃべる。今所属しているところの前の家庭教師派遣会社に所属していたときに、教えた生徒を有名大学に合格させた経験が豊富であることがユキの親の心をつかんだ。
その話が確からしいことは、教え方がうまいことでユキにもわかった。この先生なら、受験勉強も楽しく出来そうだと思えてきた。
そこへ、あの店でシオリを悪者のように言うマサキの言葉を聞いてしまった。しかも、シオリがマサキに告白していたかのようで、ショックだった。
それを真に受けて衝動的に店の外へ飛び出したが、廊下を駆けているうちに冷静さを取り戻した。『シオリさんは、そんなに悪い人とは思えない』と。
そう思い直して店の前まで戻り、扉に耳を押し当てて立ち聞きした。
男性の低い声やマサキの声が聞こえてはくるものの、なかなか明瞭には聞こえなくてイライラしていたが、「ねえよ」辺りから、家庭教師マサキの品位を疑う発言がはっきり聞こえてきて、「開けろ! ボケ!」でマサキのことが怖くなって家に逃げ帰った。
それから、店で聞いたことを母親に話して相談し、しばらくしてユキの家にノコノコとやってきたマサキを玄関で追い返してもらった。その時のマサキの態度は、困惑と苛立ちが入り交じり、時折母親を睨み付けていたそうだ。
「――以上です。まさか、あんな人だとは思いませんでした。『これから一緒に大学合格まで二人三脚で頑張りましょう』って言ったんですよ。笑顔が素敵で優しそうな先生が、豹変して暴言を吐くなんて、ショックです」
ユキの目にうっすらと涙が浮かんだ。
「シオリさんも、ショックでしたよね? あんな暴力的なことを間近でガンガン言われて」
「ユキさんの方がショックだったと思いますよ。それより、誤解が解けて安心しました」
シオリも、ユキの涙に誘われて、目が潤んだ。