116.臨時閉店
店内では客達が一斉に安堵の息をつき、口々に「よかったぁ」「これで元に戻る」「サーバーが軽くなる」と声を上げた。通常ならBGMと客の注文の声くらいしか聞こえてこない室内が、互いに喜び合う声で満ちあふれた。
でも、ミキもシオリも、『元に戻った』とは思っていなかった。彼女達は無線アクセスポイントの電源を抜いたのだ。
これによって通信経路が物理的に遮断されたので、スマホからインターネットを中継して無線経由で飛んでくる小説等の注文がセバス君へ届かない。当然、セバス君が倒れる前に注文を受けて書き上げた小説を電子書籍の形式でダウンロードさせることも出来ない。
ならば、攻撃者を排除したのだから無線アクセスポイントの電源を入れてみるかというと、攻撃者の仲間が別の端末からDDoS攻撃を仕掛けてくる可能性もある。
シオリが心配そうな顔でミキに声をかけた。
「ねえ。電源を抜いたことをセバス君に謝らなくていいのかしら?」
「いいんじゃない? 抜けって言ったのは彼だよ」
ミキはシオリの肩をポンポン叩いて答える。
「このまま放置でいいのかしら? 彼に『電源入れましょうか?』って言った方がいいかしら?」
「もう一回、三人タワーやるって? それは勘弁してくれぇ」
「でも……」
「お店に――セバス君に任せなよ。うちらの仕事は終わったんだから」
二人の会話が客達の大きくなる声にかき消されていく中、セバス君は有線LANのジャックに挿したケーブルのプラグを抜いて、大きめの声を響かせた。
「お客様に申し上げます。これより当店は、臨時に閉店とさせていただきます。本日の障害発生でご迷惑をおかけいたしましたお詫びに、本日ご来店のお客様がご注文なさった全てのお飲み物とケーキセットの代金は無料とさせていただきます」
あちこちで喜びの声が上がる。
と、その時、ミキが苦笑いして頭を掻く。
「うちら、注文してないんだよねぇ……」
シオリとカンナとユキが顔を見合わせて一斉に笑った。