102.サーバーが突然重くなった
翌日、あれだけAI新書店別館へ日参したシオリは、荒れ狂ったマサキの態度にショックを受けて二日間寝込んでしまった。
三日目にミキとカンナが自宅までお見舞いに来てくれて立ち直ったシオリは、笑顔で「またお店に行きたい」と言ってみんなを安心させた。
なお、ユキは体調不良とのことでお見舞いには来なかった。
四日目の昼過ぎ。あいにくの大雨の中、シオリはミキに付き添われてAI新書店別館へ向かった。
性格も言葉遣いまでもまるで変わってしまったマサキは、もう憧れの先輩でもなんでもない。チャラ男どころか、狡猾で暴力的な男だ。
会員であるマサキは、退会処分になったわけではないので、店内に入ってくる可能性が十分ある。でも、ミキが「絶対に守ってみせる」と鼻息も荒く言い切った。自分は強力な虫除けだと笑う彼女は、実に頼もしい。
今日はボディーガード役を買って出たミキだが、今後店に行くときは必ず付いていくと言ってくれた。その方が一人でいるより心強いし、何より寂しくない。
シオリは、スマホから空席情報を確認した。こんな鬱陶しい天気では客足も遠のくと思いきや、空いているテーブルは3つしかない。少しずつ紹介会員が増えているからだろう。
店内には、まずミキが先に入った。セバス君は「いったん閉めます」と扉を閉める。本人確認の都合上、同時には一人しか入れないからだ。
シオリが携帯番号を入力し終えるとセバス君が扉を開けたが、彼女は立ち尽くしたまま。マサキが衝立から顔を出してこちらを睨んでいるのでは、という恐怖で足がすくんだのだ。
「いないよ」
ミキがセバス君の肩越しに笑顔を見せて、マサキの不在を報告する。その言葉に安堵の胸をなで下ろしたシオリは、ソッと足を踏み入れた。
店内のBGMは、モーツァルト作曲の『ピアノソナタ ハ長調 K545』の優雅な旋律が流れている。ピアノの音が風に乗ってコロコロと転がるようで心地よい。室内がより明るく感じ、気分までウキウキしてきて先ほどまでの不安も吹き飛び、足取りが軽くなる曲だ。
ミキが右奥のテーブルで手招きをするので近づいていくと、あちこちで声が聞こえてきた。他人に聞こえないような小声ではなく、まるで周囲に同意を求めているかのように、衝立を越えるほどの大きな声だ。
「今日も重い」「全然返ってこない」「また切れた」
シオリは、近くにいた中年女性がしきりに首を傾げているので、「どうしたのですか?」と尋ねてみた。女性は、困った顔をシオリへ向けて訴える。
「あのね、三日前からそうなんだけど、なかなか小説が出来上がらないのよ」
すると、隣の衝立から顔を出した別の中年女性が、
「サーバーっていうの? 私、詳しくわかんないけど、いつもよりサーバーが遅いのよ」
その言葉に、シオリは、もしやと思ってセバス君の方へ振り返った。
シオリのお見舞いにやってきたのはミキとカンナの二人でしたので、訂正しました。