101.遅かった親友
マサキの恫喝に対してセバス君はぴくりともせず、再生ビデオのように先ほどの表情とイントネーションで「こちらの男性の発言に不服はありますか?」と繰り返す。
「てめー!!」
激怒したマサキは、セバス君の左肩を右手で思いっきり突き飛ばした。セバス君は蹌踉めいて後ずさりしたがなんとか近くの衝立につかまり、床に倒れることは免れた。
「ああ、そうか。『ねえよ』の言葉の意味がわからなかったのか。言い回しくらい覚えろ、このポンコツアンドロイドめ! 不服はない! 以上!」
「わかりました。禁止行為と見なして忠告します。忠告を再三受けても禁止行為を繰り返す場合――」
「利用規約をいちいち読み上げるな!! さっさと、ここから出せ!!」
凄むマサキの剣幕に負けたというよりも、言われたことを忠実に実行しようとしているのだろう。セバス君は表情一つ変えず、いつものお帰りになるお客様を送り出すときのように扉を解錠した。
すると、そのゆっくりした動作に苛立つマサキが、拳で扉をガンと叩いてから、ドアノブを勢いよく引っ張って外へ飛び出した。
と、その時、
「きゃっ!」
扉の向こう側にいた女性が悲鳴を上げた。飛び出したマサキから左側に避けた彼女は、閉まりかけた扉を手で押し開き、顔を覗かせた。
彼女は、ミキだった。
「な、何があったのですか? 喧嘩?」
目を瞬くミキの前に、セバス君が立ち塞がる。
「扉の右横のボタンを入力してからお入りください」
感情を押し殺したようなセバス君の声に、ミキは「すみません」と謝って顔を引っ込め、外側にドアノブがない内開きの扉が閉まるのを待つ。それからいつもの手続きで店内へ足を踏み入れた。
店内を見渡して喧嘩の跡を探すミキは、目を腫らして頬を濡らしながら近くの長椅子に呆然と座っているいるシオリを見つけた。
「何があったの!?」
そう言って一緒に泣きそうになったミキは、シオリの所へ駆け寄り、彼女の頭を胸に抱き寄せた。
「きっと怖かったんだよね。もう大丈夫。私がシオリを守ってあげるから。絶対、絶対にね! 今日は遅くなってごめん。本当にごめん!」