100.禁止行為の確定
シオリは、マサキの勧誘が複数の女性にも及んでいたことを知り、愕然とする。そして、こんな先輩に惚れてしまった自分が情けなくて、落涙した。
自分以外の女性にも言葉をかけているとわかった以上、甘い言葉もささやいていたかも知れない。となれば、二股どころか三股四股かけている疑いもある。現に、ヒメコとナナミと付き合っているように思えるから、実際はもっと多いのかも知れない。
男性はさらに言葉を続ける。
「こんな快適な読書空間で、読書とは無関係の会話を聞かされる身にもなってください。ここは喫茶店ではないのだから、他でやって欲しい」
ここでいったん言葉を切り、一同を見渡してから語り始める。
「多少の世間話は許すとしても、パーティー券の販売とか、バイトの斡旋とか、ここはそういう機会を提供する場でないことは、常識がある人ならわかるはずです。読書がたまらなく好きな人たちなら」
そう言って、「それに――」と言葉を継ぐ。
「明らかに嫌がっている女性にしつこく勧誘するのは、いかがなものかと思いますがね」
すると、セバス君がマサキの方へ体の正面を向けた。
「当事者以外の第三者の証言が得られましたが、この内容は当店が不適当と判断する行為、すなわち、禁止行為と見なすことが出来ます。こちらの男性の発言に不服はありますか?」
BGMは、ショパン作曲の『バラード第1番』に切り替わっていた。ピアノのもの悲しげな旋律が漂う中、マサキは片目をつぶって歯ぎしりをし、頭を掻いた。
「ねえよ」
そう言って、男性の方へ顔だけ向ける。
「あんたも趣味が悪いぜ。人の話、ぜーんぶ聞いて、みんなの前でさらけ出してくれちゃってよぉ。……言っとくけどよぉ、俺は悪くねえぜ。全部、先輩の指示なんだからな! 俺だって、やりたくてやってんじゃねえよ!」
マサキの豹変ぶりに驚倒したシオリは、声を失い、近くの空席へ倒れ込むように座った。
そんな彼女を一瞥もせず、彼は扉に駆け寄り、勢いよく開けようとするが鍵がかかっていて開かない。彼は内側にだけあるドアノブに手をかけたまま、セバス君に向かって鬼のような顔で叫んだ。
「開けろ! ボケ!」