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捨て猫勇者を育てよう ~教師に転職した凄腕の魔王ハンター、Sランクの教え子たちにすごく懐かれる~  作者: いかぽん
第3部/第2章

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第98話

 ウルは俺の問いかけに応じて、ぽつりぽつりと自分の身の上を語っていった。


 自分が狼人間(ワーウルフ)であること。

 満月の夜に月光を浴びると理性を失い、暴力的・殺戮的な衝動につき動かされてしまうこと。


 そのせいで幼い頃に、友達だった子を半死半生の目に遭わせてしまったこと。

 村人たちからバケモノ扱いされて石を投げられ、住んでいた村から逃げてきたこと。


 ウルは今は、この街の外、街の近くの山麓にある寂れた山小屋に住んでいるらしい。

 一緒に住んでいた母親も病気で亡くなり、今のウルは一人暮らしであるという。


 そして先ほどのモンスター騒ぎは、馬車に轢かれそうになっていた子供を助けるために、ウルが獣化したことによって起こったものだとのこと。


 ウルがこの街で獣化をしたのは、今回が初めてで──


 と、ウルがそこまで語ったところで、リオが口をはさんだ。


「でもさ、ウル。それだったら逃げたりしないで、街の人たちにちゃんと説明すれば良かったんじゃねぇの? 昔と違って悪いことしたわけじゃねぇんだからさ。ちゃんと事情を話したら、街の人たちだって分かってくれたと思うぜ」


「そ、それは……」


 リオの言葉を聞いたウルは、返事に詰まってうつむいてしまう。


 うーん……。

 リオの言うことは必ずしも間違いとは言い切れないんだが、この場合はどうだろうなぁ。


 言葉が通じる者同士、ちゃんと話せば分かってもらえる──

 そう信じるリオの価値観は俺も嫌いじゃないんだが、人間というものを無条件に信じすぎているきらいはある。


 現実には、事はそう簡単ではないだろう。


 まったく戦う力のない一般人の目の前に突然、見上げるような体格と鋭い牙や爪を持った猛獣じみた姿の生き物が現れたら、普通の人間はまず怯える。


 自分の身に重大な危険が降りかかる可能性を想像してしまえば、人は冷静に物事を判断する能力を失い、短絡思考に陥りがちになるものだ。


 そうなった人々が、偏見なくウルの話を聞いてくれたかというと甚だあやしい。


 俺はリオに対し、そのあたりを指摘しようかと思ったのだが──


 その前に、メイファがこんなことを言った。


「……リオ。……世の中そんなに簡単じゃないことを、ボクたちはよく知っているはず。……ボクたちだって、お兄さんに救われる前は、呪われた子だった」


「あ……」


 メイファの言葉に、リオがはたと何かを思い出したという顔になった。


 そうか……こいつらにはその経験があったか。


 この子たちと関わったら自分も命を落とすかもしれない──そういう恐怖の感情を根源とした迫害行動に、彼女らは晒されていた時期がある。


 根拠のない迷信じみた事柄でも、誤った情報でも、不安や恐怖を触媒にすればいともたやすく信じられてしまう。


 そんな人々の習性をリオたちは身をもって知っているのだから、ウルの身の上に共感するのも早かったようだ。


「そっか……そうだな。──ウル、わりぃ。オレ、ウルの気持ちも考えないで、ちょっと無神経なこと言っちまったかも」


「あ、いや……だ、大丈夫っす。全然気にしてないっすよ」


 あははと笑うウル。

 話は収まるべきところに収まったように思えた。


 俺はそこで、口をはさむ。


「じゃあウル、アイドルライブの日程が満月の夜だって知って参加をあきらめたのも、獣化(ライカンスロピィ)の呪いがあるからなんだな?」


 そう聞くと、ウルはこくんとうなずいた。

 それから自嘲気味に、こんなことを言ってきた。


「……うちの人生、いつもこうなんすよ。なんにもうまくいかないっす。せっかくチャンスが来たと思ってもこのザマで──でもこれでよかったんすよ。うちのために、リオちゃんたちに迷惑をかけずに済んだっす。これで全部丸く収まるっすよ」


 そう言って、今にも泣きそうな笑顔を見せてくるウル。


 うーん……。

 この顔を見せられて、全部丸く収まったって言われてもなぁ……。


 多分だが、ウルの「アイドルライブに出たい」というのは、事の本質ではないんだろう。

 それが叶わないだけのことに対して、「生きるのに疲れた」なんて言葉は、おそらくは出てこない。


 だがそこに希望を見出している以上、それはウルの根っこにある絶望と希望を象徴している何かなんだろう。


 だからどうにかしてやりたいとは思う。


 この世のすべての不幸を救うことなんて俺にはできないが、目の前に現れた子供の不幸ぐらいは、どうにかしてやりたいと思ってしまう。


 自分でも面倒くさい性分だとは思うが、治らんのでしょうがない。

 しかもその性分は、どうも伝染性のものらしく──


「全部丸く収まってなんてねぇだろ!」


 リオが叫んだ。


 リオはつかつかとウルのもとに歩み寄って、狼人間(ワーウルフ)の少女の両肩をがしっとつかむ。


「それが自分の運命だってあきらめるのかよ! オレたちの迷惑なんて気にすんな! アイドルライブ、ウルはやりたいのかやりたくないのか、どっちなんだよ!」


 リオがそう問い詰めれば、今度はウルの気持ちが決壊した。


 ウルは瞳いっぱいに涙をためて、リオに向かって叫び返す。


「やりたいっすよ! こんなチャンス、二度と来ないっす! でもしょうがないじゃないっすか! 満月の夜に、屋外ステージでやるんすよ!? うちが出たら、うちはバケモノになっちまうっす! あきらめるなったって、どうしたらいいんすか!?」


「そ、それは……! ──ねぇ兄ちゃん、どうにかできないの!?」


 困ったリオが俺に振ってくる。

 うーん、リオってば猪突猛進な上に、他力本願だなぁ。


 そして「どうにか」と言われても、これもそう簡単ではない。


 正攻法としては、イベントの主催側に事情を話してなんとかウルが月光を浴びない環境でライブを敢行できないかを検討することだが、これは普通に考えて難しいだろう。


 引く手あまたのトップアイドルが言うならまだしも、スカウトを受けただけの一人のキャストのためにそこまでする理由が主催側にあるとは思えない。


 それに狼人間(ワーウルフ)に対する人々の偏見も、軽視はできない。


 モンスター学の基礎をきちんと修めている勇者なら、狼人間(ワーウルフ)という種族は満月の夜にのみ衝動的に凶暴化するもので、それ以外のときは善良な者がほとんどなのだということを知っている。


 だが一般人にそう説明したところで、たやすく信じてはもらえないだろう。


「このライオンは人を食い殺したことがありますが、本来は温厚なので放し飼いにしても大丈夫ですよ」と言われたって、普通の人は安心して飼うことなんてできないのと同じだ。


 そういった意味でも、イベント主催側の協力を得ることは難しいだろうと考えられる。


 だからリオの言う「どうにかできないの?」という問いには、「正攻法では難しいだろうな」というのが今のところの答えになる。


 というわけで──


「今のところこれといって冴えた手は思いつかないが、なんなら明日にでも、街の図書館に行って調べてみるか?」


 俺はリオたちに向かって、そう提案する。


 要はウルが宿している獣化(ライカンスロピィ)の呪いがネックになっているのだから、それへの対応策が見つかれば活路が見えてくる可能性はある。


 そして分からないことを調べようとするなら、人類の叡智の塊である「本」をあたるというのが正攻法だ。


 これはリオたちの教育のためにも好ましい。

 必要な情報を自分で探す習慣は、身につけさせておくに越したことはない。


「え……と、図書館……?」


 リオはそう返されるとは思っていなかったのか、腰が引けたようだった。


 ふふふ、(せんせい)に丸投げすれば、いつでもお手軽に理想の答えが返ってくると思うなよ?


「ああ。俺も狼人間(ワーウルフ)に関しては、基礎知識を押さえている程度だからな。俺の知識の範囲内では有効な対策は思い浮かばないが、図書館で調べれば何か俺が知らない情報が手に入るかもしれない」


「そ、そっか……。でもオレ、本とかあんまり得意じゃないんだよな……」


 さっきまで猪突猛進で暴走していたリオが、一気に尻込みする。


「ウルはどうだ? 図書館で自分のこと──狼人間(ワーウルフ)について調べてみたことはあるか?」


 俺がそう聞くと、ウルは首をぶんぶんと横に振った。


「図書館って、頭のいい人が行くところだと思ってたんすけど……違うんすか?」


 おずおずとそう返してくる。

 あー、うん、ありがちなやつがきたな。


 俺は一つため息をついてから、四人の少女たちに向かって言った。


「よし分かった。じゃあ明日はウルも一緒に、全員で図書館に行くぞ。いいな?」


「「「「はーい」」」」


 というわけで、いつの間にかウルも、俺の教え子っぽい感じになっていた。


 まあいいか。

 せっかくだから、この街にいる間は一緒に面倒を見てやることにしよう。


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[一言] 何とかできるといいなぁ
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